YouTubeから聞こえるアメリカの声

Archive for the ‘Civil Rights’ Category

オバマ、マシュー・シェパード法(憎悪犯罪防止法を同性愛者偏見や障害者偏見に拡大する)に署名

In Civil Rights, LGBT on 2009/10/30 at 02:49


(全文)http://www.whitehouse.gov/blog/2009/10/28/about-whether-we-value-one-another

Obama signs Matthew Shepard and James Byrd, Jr. Hate Crimes Prevention Act
オバマ、マシュー・シェパード法(憎悪犯罪防止法を同性愛者偏見や障害者偏見に拡大する)に署名

(2:15)..そして最後に最も重要な方々を紹介したい。マシュー・シェパード法制定活動の先頭となったマシュー・シェパードの御両親と弟さん、ジェームス・バード・ジュニアの妹さん。

活動家の皆さん、支援団体のみなさん、この日の実現のために助力してきたすべての皆さん。皆さんの何年もの主張と活動に感謝する。皆さんのお陰でこの勝利を勝ち取ることができたのだから。私たちは「パーフェクト・ユニオン/完璧な国」を目指して長い道のりを進んでいる。そして今日、また一歩それに近づいたのだ。今日、私はマシュー・シェパード、ジェームス・バード・ジュニア憎悪犯罪防止法に署名した。

今日、十年以上に渡った法制定への闘争が報われた。幾度も反対派に直面し、幾度も法案が否決され遅延された。すべての人々が自由に生き、愛することが出来る国を作ることが、どんなに困難なことか思い知らされた。しかし信念は確固として闘争に耐えた。両家族の絶え間ない尽力、彼らのために追悼の灯りをともし抗議のマーチを指揮した人々、デモや活動団体を組織した人々、そしてこの法案のために闘い続けた故テッド・ケネディー上院議員、今日という日を実現するために働いたすべての人々。

私たちが立ち向かわなければならないのは、肉体への犯罪だけではない。精神への犯罪にも抗議しなければならない。危害を与える行為だけでなく、恐怖を植え付ける行為にも。合衆国憲法はすべての市民に人権を与えている。しかし、公正でない審判や暴力に対して、私たち自身がしっかりと守って行かなければ、憲法はなんの意味も成さない。憎悪犯罪防止法は今後も私たちの努力で守って行かなければならない。

FBI調査で、再近年の我国の憎悪犯罪(ヘイト・クライム)は約7600件。この10年で同性愛者に対する憎悪犯罪だけでも12000件以上が報告されている。報告されなかった事件は計り知れない件数になるだろう。

肌の色や宗教や生まれた国に対する憎悪犯罪の防止法を強化することは、重要なことだ。そして今回ついにその対象に、性別、障害、認知性別、性指向に対する憎悪犯罪を加えることができた。今後それらの犯罪に対して最大限の告訴を行うことができるための、検察への新しい道具が整ったのだ。愛する人と手をつないで歩くことに恐怖が伴うことなど、アメリカにおいてあってはならない。自分自身であることや、障害を持っていることで、人から奇異の眼で見られるようなことは、アメリカにおいてあってはならない。

根本的にこれは法律問題ではない。私たちの人間性についてなのだ。他者の価値を認めること、互いの差異を受け入れること。それらは攻撃対象では決してない。自然なことだ。若い青年を誘拐し、死ぬ程の暴行を与え、柵に縛り付け、放置して死に至らしめる(マシュー・シェパード事件)‥そんなことが出来る人間の思考には想像も及ばないはずだ。隣人でありながら、車に乗せてやると見せかけて、暴行を加え、トラックの後ろに鎖で繋ぎ、何マイルも引きずって死に至らしめる(ジェームス・バード・ジュニア事件)‥そんなことが出来る歪んだ思考には想像も及ばないはずだ。

なぜそのようなことが起こるのか。それは相手の中に、我々共通の人類愛があることを見失った時だ。相手に自分と同じ様に恐怖や希望があることを、情熱や欠陥があることを、私たちみなが分け合う夢があることを、見失った時だ。

私たちは何世紀にも渡って、建国者たちの理想に恥じないように努力して来た。すべての市民が自由で平等で、それぞれの幸福を求めて生きることができる国であること。葛藤や闘争、憎悪や偏見、分裂や不調和、数々の困難を経て、私たちはより強く、より公正に、より自由になった。それぞれの転換期、私たちは法律を変えるだけでなく、私たちの心を変え、他者への思いやりを増し、怒りや迷いの際にも愛情と寛容を持つことができるようになった。1968年4月、キング牧師暗殺のたった一週間後、全米が怒りに満ちて彼の死を悼んでいた時、リンドン・ジョンソン大統領は公民権法施行に署名した。アメリカ史上初の、宗教や人種に基づく憎悪犯罪防止法だ。今日私が署名した法の基になるものだ。

その困難に満ちた時、ジョンソン大統領は署名しながらこう言った。「これで自由の鐘が少し大きく鳴るようになった」それがアメリカの約束なのだ。憎しみや混沌の騒音の中でも、悲しみや怒りの喧噪の中でも、理想の音が聞こえる。かすかでも、誰かが消そうとしても、それでも聞こえる。私たちの義務は、アメリカ市民がどこにいても、それが聞こえ感じることができるようにすることだ。1968年の公民権法施行だけでは終わらない。そして今日の憎悪犯罪防止法だけでも終わらない。今日ここにいる皆さん、そして私と共にここに立つマシュー・シェパードとジェームス・バード・ジュニアのご家族のみなさん、みなさんの努力で理想の鐘はまた少し大きく鳴るようになる。今日から毎日、少しずつ大きくなる。それは私たちの誇りだ。ありがとう。神の祝福があなたと合衆国にありますよう。


The Laramie Project(マシュー・シェパード物語)

ララミー・プロジェクト
http://axn.co.jp/movie/laramieproject.html

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

広告

上院議員テッド(エドワード)・ケネディー

In Civil Rights, Health Care, Politics on 2009/08/28 at 00:38


Tribute to Senator Ted Kennedy from the 2008 Democratic National Convention
2008年民主党全国大会での上院議員テッド(エドワード)・ケネディー紹介クリップ
(0:00 – 2:40)

(Edward Kennedy) The sea for me has always been a metaphor of life. I mean the sea is a constantly evolving, changing, shifting aspect of both nature and of life.  That sort of exposure to the sea is both enriching and enhancing, and it’s fun.
(エドワード・ケネディー) 私にとって海は、人生の例えだ。常に変化し、揺れ続ける。自然も人生も。そんな気持ちで海にいると、心が豊かになるし、なにしろ楽しい。

(Vicki Kennedy) The sea, the wind, the outdoors, it is the most renewing, healing place for him and always has been.
(妻ヴィッキー・ケネディー) 海、風、自然.. それらはいつも夫を癒し、新しいエネルギーを与えてくれます。

(Sen. John Kerry) He loves getting out sailing. I think he’s never more in peace, and perhaps in some ways never more in touch with his families and his roots and his brothers when he’s out sailing.
(ジョン・ケリー上院議員) 彼はヨットをこよなく愛しています。きっとヨットに乗っている時、一番心の平安を得られ、家族との繋がりを確かめられるのだと思います。子供の頃のことや兄たちとのことを、しっかり思い出せるからだと思います。

(Edward Kennedy) I grew up in a family that wanted to achieve in a sense of making a difference in people’s lives.
(エドワード・ケネディー) 人々の人生を良い方に変えることに価値を置く、そんな家族の中で私は育ったんだ。

(Sen. John Kerry) I know that Ted Kennedy has always been unbelievably sensitive to the accomplishes of his brothers. They were his inspirations.
(ジョン・ケリー上院議員) 彼はいつも兄たちの功績にとても敬意を評していました。彼にとって兄たちは、とても影響力がある存在でした。

(Rep. John Lewis) He has a legacy. He’s done his best to pick up his two brothers left off.
(ジョン・ルイス下院議員) 彼には大きな遺産があります。兄たちがやり残したことを達成しようと、彼は最善を尽くして来ました。

(Edward Kennedy 1968) Like my three brothers before me, I pick up a fallen standard, sustained by their memory of our priceless years together. I shall strive to carry forward that special commitment to justice, to excellence, and courage that distinguished their lives.
(エドワード・ケネディー、1968年のスピーチ) 軌跡を築いた三人の兄たちのように、私も今日その道を選ぼう。共に過ごした掛け替えのない記憶に支えられて。その意思を次いで私は前進する。彼らが身を以て追従した、正義と勇気に向かって。

(Rep. John Lewis) He championed the cause of those who’ve been left out. The poor, the elderly, the children, those without education..
(ジョン・ルイス下院議員) 彼は社会から取り残された人々のために、大きな成果をあげました。貧しい人々、老人たち、子供たち、教育を得ることが出来ない人々のために。

(Vicki Kennedy) With brought up to believe that to those who’s much given, much required. But it’s really bigger than that. He really feels a moral obligation to do everything possible to make this world a better place.
(妻ヴィッキー・ケネディー) 夫は生まれた時から、社会に尽くすことが要求された環境でした。でももっと大きなことなのです。夫は心から、世界をより良く変えるためにできることをすべてしなければならない、という使命感を持っています。

(Rep. John Lewis) I’ve heard Sen. Kennedy said in many occasions that ‘Health Care is not privilege, it is right.’
(ジョン・ルイス下院議員) ケネディー上院議員が何度もこう言っているのを聞きました「医療は特権ではない、市民の権利なのだ」

(Edward Kennedy 1980) Long as I have a voice in the United States Senate, it’s going to be for that Democratic platform plank that provides decent quality health care for North and South, East and West, for all of America, as a matter of right and not privilege..
(エドワード・ケネディー、1980年のスピーチ) 合衆国上院議員としての声がある限り、私は主張し続ける。民主主義の基盤はしっかりとした医療をすべての市民に提供することだと。北から南、東から西、アメリカ全土で。医療は特権ではなく権利なのだ。

(Sen. John Kerry) Because of Ted Kennedy, people have things today, they are able to do things today, they are able to reach for American dream in the way they were never imagined.
(ジョン・ケリー上院議員) テッド・ケネディーの功績で、私たちは今、多くのことができる。アメリカン・ドリームを実現できる。昔は想像もできなかったようなことが。

オフィシャルサイト
http://www.tedkennedy.org
http://www.youtube.com/tedkennedy

HBOドキュメンタリー
TEDDY: In His Own Words

http://www.hbo.com/docs/docuseries/teddy

ミシシッピーの高校初の人種合同プロム、モーガン・フリーマン全額支給

In Civil Rights on 2009/08/18 at 20:59


There’s another hand went out back there and I get to.. yes, mom.

後ろの方で手が上がったね、そう、そこの君。

So, Mr. Freeman, why exactly are you doing this?

フリーマンさん、なぜこうすることにしたんですか?

I live here. I think it is the stupidest thing I’ve ever heard of, that in this time, this period in our lives, you children are being brought up this way. I just.. it hurts me deeply. They say “where do you live?” and I say “Mississippi”, they say “MISSISSIPPI??!!” “Yeah, is there problem there?” “Well, you know..” And then I have to report that “Well, yeah, kids who live in a very small town, kids go to separate proms.” So can you explain that? No. I don’t want to explain that. But I do want to end it. And what I’m hearing this morning, so do you. Am I right about that?

私はここに住んでいる。そしてこれは今まで聞いたこともない馬鹿げたことだと思う。この時代に、人生のこの時期に、君たちがこんな風に育てられていることを。私は本当に悲しい。「どこに住んでいるんだ?」と聞かれた時「ミシシッピー」と言うと「ミシシッピー!」と驚愕される。「そうだけど何か?」と返すと「いや、その、まぁ」と口ごもられる。そして私は説明しなきゃならない「ミシシッピーの小さな町に住む子供たちは、別々のプロムに行くんだ」なぜか説明できるか?いや、説明なんてしたくない。説明はおろか、私はこれを止めたい。今朝の様子だと、君たちも止めたいと思っているんだろ?そうなのか?

Yeah.

そうです。

Excellent. You do it. I write the check.

素晴らしい。じゃぁ君たちが止めるんだ。私は小切手を切る。

– – – – – –
The white parents wanted us to go to the white prom this year. They said they’d pay us for free to go and everything. We went to a meeting, me and Jessica. The woman’s house we were at, her daughter was being threaten, so called being threaten, but she was a racist. And she was just talking about N this, N that.

白人の親たちは、僕らを白人プロムに行かせたがっている。白人プロムに行くのなら費用は全部出してやると言うんだ。僕とジェシカはミーティングに行った。その家の娘が黒人学生に脅された(らしい)って言うんだ。だけどその娘こそ人種差別丸出しで「N」がどうしたこうしたって。

And where the parents used the word ‘nigger’, was in the meeting, that their children couldn’t be around, or they didn’t want to be around. They are talking about how “nigger’ll end up being around my daughter, and they will run up and dance, that’s just not happening. We’re not gonna have babies in my family.”

そこにいた両親たちは「ニガー」の連発。ミーティングの最中言ってたわ「私たちの子供たちは黒人と関わりたくない、関わらせるべきじゃない」大人たちは声高に言ってた「ニガーが私の娘に近づいて、一緒に踊ったりするなんて、絶対に許さない、我が家に混血が生まれるなんて絶対に許さない!」

We decided to leave. My fiance had left first.

帰ることにしたの。彼が先にその家を出たわ。

The way they were just talking, I just walked out. ‘Cause I mean, it was just ridiculous. Why hate like that? I mean this is our prom.

大人たちのその言い方、もうたまらなくてその家を出たんだ。だってさ、なんて馬鹿げているんだ、なんでそんなに憎むんだ?僕らのプロムなのに。

“Niggers ain’t gonna be running, rubbing up my daughter in no prom. It ain’t happening in this house. As long as she’s living with me, she will not attend a mixed prom. That’s not how we raised her.”

大人たちは言ってた「ニガーがプロムで私の娘をなでまわすなんてことは、絶対に許さない!この家では絶対に許さない。娘がこの家に住んでいる限り、人種混合プロムには行かせない。そんな育て方をした覚えはない」

In 1997, Academy Award-winning actor Morgan Freeman made an historic offer to the high school in his hometown of Charleston, Mississippi: He would foot the bill for the school’s senior prom—on condition that both black and white students be allowed to attend. Even though the students shared classes and every other aspect of school life, Charleston High had a tradition of holding two proms—one white, one black. Freeman’s offer was ignored. In 2008, he made it again. This time, the school accepted and history was made, but not without significant opposition. PROM NIGHT IN MISSISSIPPI tells the highly entertaining and ultimately hopeful story of the fallout from Freeman’s offer, as senior students of Charleston High rally in preparation for the school’s first-ever integrated prom.

1997年、アカデミー賞受賞俳優モーガン・フリーマンは、幼少から過ごし今でも住む町ミシシッピー州チャールストンの高校に、歴史的な申し出をした。シニアプロム(卒業前のダンスパーティー)の費用を全額提供すると。それにはひとつの条件があった。黒人学生と白人学生が一緒に参加できるプロムであること。チャールストン高校では、黒人と白人学生は机を並べ、学校での活動はすべて共に行っている。だがそこには伝統があった。プロムは白人プロムと黒人プロムに分けること。フリーマンの申し出は断られた。2008年、彼は再度申し出た。そして学校側は受け入れた。だが人種合同プロムを実現するには、膨大な反対と立ち向かわなければならなかった。「プロムナイト・イン・ミシシッピー」は、フリーマンの申し出に端を発した、感動的なそして希望に満ちたドキュメンタリー映画。チャールストン高校史上初の人種合同プロムのために、団結する学生たちの姿を描く。

Prom Night In Mississippi
http://www.promnightinmississippi.com

HBO: Prom Night In Mississippi
http://www.hbo.com/docs/docuseries/promnight/

NPR: Mississippi School Holds First Interracial Prom
http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=91371629

ハーヴェイ・ミルク、大統領自由勲章受賞

In Activism, Civil Rights, LGBT on 2009/08/01 at 16:21


DN! Presidential Medal of Freedom to Late Gay Rights Pioneer

And the Obama administration has announced plans to posthumously award the gay rights pioneer Harvey Milk with the Presidential Medal of Freedom, the nations highest civilian honor. Milk was assassinated in 1978 after an outspoken career as one of the nations first openly gay elected officials.
(デモクラシー・ナウ!エイミー・グッドマン) オバマ政権は、ゲイ人権運動の先駆者である故ハーヴェイ・ミルクに、民間人に与えられる最高位の勲章「大統領自由勲章 / メダル・オブ・フリーダム」を与えることを発表しました。ミルクは、ゲイであることを公言して、全米で初めて政府公職に選ばれた人の一人です。人権運動の最中、1978に殺害されました。

ホワイトハウス: オバマ大統領、大統領自由勲章授与者16名を発表 / 改革を生んだ16人に民間人最高位勲章が与えられる
President Obama Names Medal of Freedom Recipients
16 Agents of Change to Receive Top Civilian Honor
http://www.whitehouse.gov/the_press_office/President-Obama-Names-Medal-of-Freedom-Recipients/

WASHINGTON – President Obama today named 16 recipients of the 2009 Presidential Medal of Freedom. America’s highest civilian honor, the Medal of Freedom is awarded to individuals who make an especially meritorious contribution to the security or national interests of the United States, world peace, cultural or other significant public or private endeavors.
オバマ大統領は今日、2009年大統領自由勲章を授与する16名を発表した。民間人に与えられる最高位の「大統領自由勲章」は、アメリカ国家の保安や利益、世界平和や文化への貢献に対して与えられる。

This year’s awardees were chosen for their work as agents of change. Among their many accomplishments in fields ranging from sports and art to science and medicine to politics and public policy, these men and women have changed the world for the better. They have blazed trails and broken down barriers. They have discovered new theories, launched new initiatives, and opened minds to new possibilities.
今年は「チェンジ/改革」をもたらした人々が選ばれた。スポーツ、芸術、科学、医学、政治、公共政策などの分野で、世界をより良く変えた人々。彼らは道を作り障壁を砕いた。彼らは新しい理論を築き、新しい主導権を持ち、新しい可能性をもたらした。

President Obama said, “These outstanding men and women represent an incredible diversity of backgrounds. Their tremendous accomplishments span fields from science to sports, from fine arts to foreign affairs. Yet they share one overarching trait: Each has been an agent of change. Each saw an imperfect world and set about improving it, often overcoming great obstacles along the way.”
オバマ大統領は語る「これらの秀でた人々は、驚く程多様な背景を反映している。スポーツから芸術そして国際時事にいたるまで、彼らの偉業は多岐に渡るが、共通していることがひとつ..彼らはみな『チェンジ/改革』の主導者だ。彼らはそれぞれ社会の不完全さを見出し、それを改善すべく、困難な障害を乗り越えて来た。」

“Their relentless devotion to breaking down barriers and lifting up their fellow citizens sets a standard to which we all should strive. It is my great honor to award them the Medal of Freedom.”
「彼らの絶え間ない献身は障壁を砕き、国民の意識を高めて来た。我々すべてが向上するための基準を設けてくれた。彼らに『大統領自由勲章』を授与できるのは、私の大きな誇りだ。」

President Obama will present the awards at a ceremony on Wednesday, August 12.
8月12日に行われる式典で、オバマ大統領は受賞者に『大統領自由勲章』を授与する予定。

2009年大統領自由勲章受賞者一覧
http://www.whitehouse.gov/the_press_office/President-Obama-Names-Medal-of-Freedom-Recipients/

(参照)
http://ja.wikipedia.org/wiki/大統領自由勲章


関連クリップ:
The President and First Lady Michelle Obama host a reception for LGBT Pride Month in the East Room of the White House on June 29, 2009.
2009年6月29日、オバマ大統領夫妻によってホワイトハウスのイーストルームで行われた「LGBTプライド月間」祝賀会のスピーチ

http://www.whitehouse.gov/blog/Celebrating-LGBT-Pride-Month/
http://www.whitehouse.gov/the_press_office/Remarks-by-the-President-at-LGBT-Pride-Month-Reception/

2009年8月12日 オバマ大統領の授与スピーチ
President Obama Honors Harvey Milk With Presidential Medal of Freedom

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

イラン: We Shall Not Be Moved

In Activism, Civil Rights, Music + on 2009/07/05 at 00:11


IRAN: WE SHALL NOT BE MOVED by Mavis Staples

We shall not, we shall not be moved
私たちは決して決して退かない
We shall not, we shall not be moved
私たちは決して決して動かない
Like a tree that’s planted by the water
水辺にそびえる大木のように
We shall not be moved
決してここを動かない

We shall not, we shall not be moved
私たちは決して決して退かない
We shall not, we shall not be moved
私たちは決して決して動かない
Like a tree that’s planted by the water
水辺にそびえる大木のように
We shall not be moved
決してここを動かない

The union is behind us, we shall not be moved
仲間が後ろにいる、私たちは決して退かない
The union is behind us, we shall not be moved
仲間が後ろにいる、私たちは決して動かない
Like a tree that’s planted by the water
水辺にそびえる大木のように
We shall not be moved
決してここを動かない

We’re fighting for our freedom, we shall not be moved
自由のための闘いだから、決してここを退かない
We’re fighting for our freedom, we shall not be moved
自由のための闘いだから、決してここを動かない
Like a tree that’s planted by the water
水辺にそびえる大木のように
We shall not be moved
決してここを動かない

We’re fighting for our children, we shall not be moved
子供たちのために、決してここを退かない
We’re fighting for our children, we shall not be moved
子供たちのために、決してここを動かない
Like a tree that’s planted by the water
水辺にそびえる大木のように
We shall not be moved
決してここを動かない

Black and white together, we shall not be moved
黒人も白人も肩を組んで、決してここを退かない
Black and white together, we shall not be moved
黒人も白人も一緒になって、決してここを動かない
Like a tree that’s planted by the water
水辺にそびえる大木のように
We shall not be moved
決してここを動かない

We shall not, we shall not be moved
私たちは決して決して退かない
We shall not, we shall not be moved
私たちは決して決して動かない
Like a tree that’s planted by the water
水辺にそびえる大木のように
We shall not be moved
決してここを動かない

We shall not, we shall not be moved
私たちは決して決して退かない
We shall not, we shall not be moved
私たちは決して決して動かない
Like a tree that’s planted by the water
水辺にそびえる大木のように
We shall not be moved
私たちは決してここを動かない

マーティン・シーンとシーザー・チャベス、全米農業労働者組合

In Activism, Civil Rights on 2009/06/09 at 23:04


Do you like your strawberries dipped in chocolate or methyl iodide? Hello, I’m Martin Sheen and I wanna feed your mind. Our food is harvested by millions of people working in dangerous conditions with no benefits and no health coverage. These people labor for long days through hot summers, it can reach a 120 degrees. Farm worker communities are exposed to harmful pesticides, pesticide like methyl iodide. Last summer 16-year old María Jiménez worked under the blazing sun without clean water or shade. She overheated and died picking food for us. 15 farm workers have died of heat related illnesses in 2004.
イチゴはチョコディップで食べますか?それともヨードメタン(農薬)で食べますか?こんにちは、マーティン・シーンです。あなたの心に食べて欲しいお話のご紹介です。何百万もの労働者が福利も健康保険もない危険な労働環境で、私たちの食物を収穫しています。華氏120度(摂氏49度)に達する夏の長時間労働。そして労働者や家族たちは、ヨードメタンのような有害な農薬にさらされています。去年の夏、16才の少女マリア・ヒメネズは、飲み水も日陰もない炎天下で働き、熱射病にかかり死にました。私たちの食物を収穫するために。2004年一年で、15人の農家労働者が熱射病で死にました。

What can you do? You can turn the table. Learn where your food comes from. Buy locally grown food that’s pesticide free. It’s safer for the workers who harvested, and it’s safer for you. Buy food from producers who’s union-certified who treat their workers like human beings. You are the consumer, you have the power, help protect the right for farmer workers. To learn more, visit takepart.com/foodinc.
何ができるでしょう?立場を逆転させることができます。食物がどこから来るのか知りましょう。農薬を使わない地元生産食物を買いましょう。収穫する労働者にとって安全な食物、そして私たちにも安全です。労働者たちを人間らしく扱う、組合を承認する生産団体から買いましょう。あなたは消費者、力があるのです。農家労働者の権利を守る手助けができるのです。もっと知って下さい。FOOD, INC. サイト、takepart.com/foodinc で。


映画「シーザー・チャベス最後の断食」から

I’ve gone up to Delano over with my wife Janet, cause I would go off and on over the whole period of the fast, and I would vigil. One day I was up there, and dear friend Bill O’Donnell asked me if I’d like to meet Cesar. I said, “Well I understand he is not receiving”. He said “I was gonna inquire, cause you come and go and he would receive you this time”. I said “Well if it’s possible I’d be delighted, but don’t go through any difficulties”. Alright, he said, and he went off.
妻ジャネットとデラノへ行った。シーザーが断食している間、祈るためによく行っていた。ある日友人の神父ビル・オドーネルがシーザーに会いたいか?と聞いて来た。「でもシーザーは誰にも会わないのだろ?」「聞いてみるよ。君は行ったり来たりだから、もしかすると今なら会えるかもしれない」「会えるのなら嬉しいよ。でも無理はしないでくれ」わかった、と言ってビルはいなくなった。

And he came back in about 20 minutes later, and he said “He will receive you and Janet. Come along”. Oh my god, I lost my breath. And as we walked from Union Hall to the bangalow where he was, I lit up a cigarette and puffing madly on it. When we got to the right to the door of the bangalow, my wife turned to me and said “Put that out, you damn fool! Get in here and meet Cesar!” I said “You go on, you go on, and I’ll be right in.” “Oh, for heaven’s sake” and she left me. At the door, I’m so nervous to meet my hero, and I’m smoking, and put it out. Then, boom, I opened the door.
20分程して戻ってくるとビルは言った「シーザーは君とジャネットに会うよ。さぁ、来て」あぁ神様!息が止まりそうだった。ユニオンホールからシーザーのいるバンガローに歩きながら、僕は興奮のあまりタバコを吹かし続けた。バンガローの戸口に着くと妻が振り返って叫んだ「消しなさい、なんて人なの!ちゃんとして中に入ってシーザーにお会いしなさい!」「お前が先に行ってくれ、すぐ行くから」「まったくもう!」妻は入って行った。私は戸口で、ヒーローに会える緊張のあまり、まだタバコを離せなかった。ようやくもみ消して、戸を開けた。

And time to see my wife kneeling at the bed side, and kissing Cesar’s hand, and he took her hand and kissed her hand. It was so moving. And I was stunned how small he was. This tiny figure on this little bed, and I said, “No, this isn’t Cesar Caves, he is 8 feet tall! He’s the biggest guy in the world. He can’t be this small, my god!” And I was deeply moved by the humanity, his presence was so overwhelming.
妻がシーザーのベッドの横にひざまづいて、シーザーの手に接吻をしていた。シーザーも妻の手をとって接吻をしていた。感動的な情景だった。そして私はあまりのシーザーの小ささに驚愕した。小さなベッドに横たわる小さな姿。これがシーザーなのか?シーザーは8フィート(2.5m)のはずだ!世界一大きな人なはずだ!こんなに小さいなんて。そして私はシーザーの人間愛に溢れる存在に感動した。感動を押さえることが出来なかった。

Just there, I took my wife’s place. She rose and stood aside and I kneeled at her spot and took his hand, and I kissed his hand. And Father Bill said “Cesar, this is Martin Sheen. His real name is Ramon.” And I was holding his hand, and he kissed my hand right where I just put my cigarette out. And I was so humiliated, oh my god, I was so embarrest. Because I know for him it was like kissing an ashtray. And I made a vow in my heart, oh lord please, I will not smoke as long as he doesn’t eat. And I waited until his fast ended.
そして私は妻と代わった。妻が立ち上がりベッドを離れると、私はそこにひざまづき、シーザーの手を取り接吻した。神父のビルはシーザーに言った「彼はマーティン・シーンです。本当の名前はラモン」シーザーは私の手を取って接吻した。いまさっきタバコをもみ消したところへ。あぁ神様、なんてことだ!なんという恥ずかしいことだ!シーザーにまるで灰皿に接吻させるようなことをしてしまった。その時心に誓った。神よ、シーザーが断食を続ける限り、私は決してタバコを吸いません!私はシーザーの断食が終わるまで吸わなかった。


Cesar’s Last Fast
http://cesarslastfast.com
http://www.youtube.com/CesarsLastFast

United Farm Workers (全米農業労働者組合)
http://www.ufw.org

米国大使館「写真で見る米国史」
http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-ushist19.html
シーザー・チャベス
1968年にブドウ畑で摘み取り作業者と話すメキシコ系米国人の労働運動家シーザー・チャベス。カリフォルニア州の全米農業労働者組合の議長として、チャベスは出稼ぎ農場労働者の声を代表し、彼らの悲惨な労働条件に全国的な注意を喚起した。

サウンドトラック・フォー・レヴォリューション

In Civil Rights, Music + on 2009/05/26 at 23:41


SOUNDTRACK FOR A REVOLUTION tells the story of the American civil rights movement through its powerful music -the freedom songs protesters sang on picket lines, in mass meetings, in paddy wagons, and in jail cells as they fought for justice and equality.

「サウンドトラック・フォー・レヴォリューション/革命のサントラ」は力強い音楽とともに綴られた、アメリカ黒人民権運動のドキュメンタリーだ。ピケットラインで、集会で、逮捕され搬送されるワゴンの中で、そして監獄の中で、プロテスターたちは正義と平等のための自由解放の歌を歌い続けた。

The film features new performances of the freedom songs by top artists, including John Legend, Joss Stone, Wyclef Jean, and The Roots; riveting archival footage; and interviews with civil rights foot soldiers and leaders, including Congressman John Lewis, Harry Belafonte, Julian Bond, and Ambassador Andrew Young.

本作ではそれらの歌が、現代先端の演奏家たちによって新しく生まれ変わる。ジョン・レジェンド、ジョス・ストーン、ワイクリフ・ジーン、ルーツなど。衝撃的な映像記録に加えて、ジョン・ルイス議員、ハリー・ベラフォンテ、ジュリアン・ボンド、アンドリュー・ヤング大使など、民権運動リーダーや兵士たちのインタヴューが収録されている。

The freedom songs evolved from slave chants, from the labor movement, and especially from the black church. The music enabled blacks to sing words they could not say, and it was crucial in helping the protesters as they faced down brutal aggression with dignity and non-violence. The infectious energy of the songs swept people up and empowered them to fight for their rights.

自由解放の歌は、奴隷の詠唱から、労働者運動から、そして黒人教会から生まれ育った。黒人たちは音楽を使って、口にすることを禁じられた言葉を歌うことが出来た。非暴力を貫く抵抗者たちが、暴力に寄る圧政に直面した時、それらの歌はかれらに強い威厳を与えた。歌のエネルギーはプロテスターの間に広まり、権利のために闘う彼らに大きな力を与えた。

SOUNDTRACK FOR A REVOLUTION celebrates the vitality of this music. Directed by Bill Guttentag and Dan Sturman (Nanking), and executive produced by Danny Glover,

「サウンドトラック・フォー・レヴォリューション」は音楽の活力を讃える作品だ。監督:ビル・グッテンタグ、ダン・スターマン。制作:俳優ダニー・グローバー。カンヌ国際映画祭、トライベッカ映画祭上映作品。

Soundtrack for A Revolution
http://www.soundtrackforarevolutionfilm.com

演奏参加: Anthony Hamilton and The Blind Boys of Alabama, Angie Stone, Joss Stone, The Carlton Reese Memorial Unity Choir, Mary Mary, Wyclef Jean, Richie Havens, The Roots, John Legend

フォーバーグ・トレメ: 語られなかった黒人のニューオリンズ

In Civil Rights, Music +, New Orleans on 2009/05/11 at 01:27

Faubourg Tremé: The Untold Story of Black New Orleans
「フォーバーグ・トレメ: 語られなかった黒人のニューオリンズ」あらすじ
http://www.tremedoc.com

フォーバーグ・トレメはほぼ間違いなくアメリカで最も古い黒人地区だ。南部民権運動の発祥の地であり、そしてジャズ誕生の地。トレメ地区はカトリナによって破壊されたが、これはカトリナのドキュメンタリーではない。敵意に満ちた環境にあって、アフリカ系アメリカ人コミュニティーが成し遂げて来たことを讃える作品だ。ニューオリンズに生まれ育った制作者二人によって、詳しい史実と見る者を自然に引き込む作風に仕上がっている。

物語のガイドはニューオリンズ紙タイムズピカユンのコラムニスト、ロリス・エリック・エリー。ロリスは1990年にトレメ地区の旧家を購入した。当時その地帯は麻薬犯罪の巣窟。コミュニティーは改善の試行錯誤を繰り返していた。その危険地区から逃避する代わりに、老朽化した旧家を修復するロリス。その過程でロリスは、トレメ地区の神秘的な、そして無視されてきた過去に惹かれて行く。映像は彼の旧家修復の過程を追う。それは後にカトリナからのニューオリンズ再建の痛みを伴う隠喩となる。

アーヴィン・トレヴィーンズは75歳。ロリスの旧家修復を請け負うクレオールの大工だ。トレメ地区で生まれ育った彼は、語り部でもある。200年の歴史を持つ大工一家の末裔であるアーヴィンは、トレメ地区の家々の忘れられた物語をロリスに語る。詩人のルーリエット・ブレンダ・マリー・オズベイ、ミュージシャンのグレン・デビッド・アンドリュー、歴史家のジョン・ホープ、フランクリンとエリック・フォナーらの語りも加わり、トレメ地区の激動の歴史と複雑な背景が明かされて行く。カトリナの起こる前と後の映像、そして今までに公開されたことのない史実文献写真とともに。

遠い昔、奴隷制度の時代、フォーバーグ・トレメは南部における最大の「自由黒人」コミュニティーであり、民権運動の坩堝であった。黒人と白人が自由に、奴隷としてでなく、豊かな者と貧しい者が共存し、協力しまたぶつかり合い、今日に至るニューオリンズ文化を作り上げて来た。最初の植民地の郊外(フランス語でフォーバーグ)としてフランス領時代に形成されたトレメ地区には、1960年代になるまでフランス語を第一言語にしていた人々がいる。アーヴィンの家族もそうだった。

作品には今まで知られていなかった史実が溢れている。1800年代、アメリカのほとんどの黒人が綿畑で働いていた時に、トレメ地区の黒人は詩を出版しシンフォニーを指揮していた?ローザ・パークスの100年前にトレメ地区の指導者たちはデモを組織し、公共交通機関や学校での差別を廃止させた?アメリカへの最大の贈り物であるジャズは、アメリカ最初の民権運動敗北の失意の名残から生まれた?

この作品は想像をかき立てる。歴史を暴露する。そして憤慨を与える。映像は眼に焼き付く。私たちは誰なのか、そして誰だったのかを思い知らせる。現在トレメ地区の多くの住民が家に戻ることが出来ない。150年前に闘った民権運動と同じように、また闘わなければならない。「フォーバーグ・トレメ: 語られなかった黒人のニューオリンズ」は、何度も失意から立ち上がりながら、ユニークで表現力に富んだ文化をアメリカとそして世界に与えて来た、トレメ地区コミュニティーへの賛歌である。

– – – – – – – –
ウィントン・マルサリスがエグゼクティブプロデューサーを勤める本作品は、2008年に数々の映画祭で公開され、サンフランシスコ映画祭などで優秀賞を受賞。2009年2月の黒人史月間にはPBS公共テレビネットサークで放送されました。現在DVDを購入することが出来ます。DVDは英語で字幕はありませんが、国コードはリージョンフリーで日本でも見ることが出来ます。以下のオンラインショップは日本へも発送します。

Faubourg Tremé: The Untold Story of Black New Orleans DVD
http://www.filmbaby.com/films/2933
http://louisianamusicfactory.com/showoneprod.asp?ProductID=6187


(おまけ: 2009年ジャズフェス)
トレメ地区出身トロンボーン・ショーティー対ウィントン・マルサリス

ランス・バス: 全国沈黙の日

In Activism, Civil Rights, LGBT on 2009/04/11 at 23:46


Every day thousands of students are silenced.
They are silenced by fear.
They are silence by being who they are.
They are friends. They are classmates.
They are brothers. They are sisters.
They are gay. They are straight.
They are you. They are me.
They are silenced by anti-lesbian, gay, bisexual and transgender bullying and harassment.

毎日、何千もの学生たちが沈黙を強いられている。
恐怖からの沈黙。自分が自分であるために強いられる沈黙。
彼らは僕らの友達、クラスメート、兄弟、姉妹。
彼らはゲイ、ストレート、彼らは君である、僕でもある。
彼らはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーを嫌う人々のいじめや屈辱によって、沈黙を強いられている。

Their silence will be heard around the country. Hundreds of thousands of students will participate in the National Day of Silence. Whoever they are, whatever their backgrounds or beliefs, these students will take action because they believe the bullying and harassment must end.

でもこの日は彼らの沈黙が国中の耳に届く。何百何千の学生が「ナショナル・デイ・オブ・サイレンス / 全国沈黙の日」に参加するからだ。自分のありかたに関わらず、自分の背景や宗教にも関係なく、学生たちはひとつになって行動を起こすんだ。いじめや屈辱はなくなるべきだと信じるから。

What are you going to do to end the silence?

君は「沈黙」を終わりにするために、何をする?

2009年4月17日 – Day of Silence
http://www.dayofsilence.org

– – – – – – – – – – – –
11-Year-Old Hangs Himself after Enduring Daily Anti-Gay Bullying
http://www.glsen.org/cgi-bin/iowa/all/news/record/2400.html

2009年4月9日: 11歳の少年が自殺、ゲイいじめを受け続け

マサチューセッツ州の11歳の少年カールが、学校でゲイであることを罵られ、いじめを受け続けた末、首を吊って自殺。母親は学校に毎週のように問題提起を続けていた。今年になっていじめが原因のこの年齢の学童の自殺は、少なくとも四件報じられている。

カールは学校では自分がゲイであると言っていなかった。この4月17日に12歳の誕生日を迎えるはずだった。丁度この日、全国の学生たちは「第13回全国沈黙の日」に参加する。LGBTコミュニティーに対するいじめや屈辱を全国に知らせ、終わりにするために、それぞれの形で沈黙の行動をとる。


‘N Sync’s Lance Bass Speaking at HRC National Dinner
イン・シンクのランス・バス、2006年人権キャンペーン授賞晩餐会でのスピーチ

(ランス・バスは2006年7月People誌にてゲイであることを公言。その年10月にHuman Rights Campaign Visibility Award人権キャンペーン特別賞を受賞している)

‥人権キャンペーンの皆さんのサポートに感謝します。こんなサポートがあることを知っていたら、もっと早くカミングアウトしていたはずです。でもこの賞を頂けると聞いた時「カミングアウトしてから数ヶ月しかたっていないし、まだなにも人権保護活動をしていないのになぜ?」と思いました。でもその意味がわかりました。僕がカミングアウトしたことに、世界中の人々から手紙が届きました。その中のひとつをご紹介します。

オハイオ州シンシナティに住む29歳の男性の手紙です。ガールフレンドもいて完璧な生活を送っていました。でも嘘の生活でした。彼はゲイだったからです。自殺のために銃を買いに行った時、People誌が並んでいるのを見ました。「ゲイです!」と公言している僕の表紙の号です。彼はそれを買って読み、僕の言っていることに自分を見いだし、自殺をやめました。家族にゲイであることを伝え、ガールフレンドと別れ、現在はとても幸せに暮らしているそうです。

これは何千もの手紙のほんの一例です。12歳の少年が「僕はゲイだ。今から僕らしく人生を歩む」と言える時代です。僕は今日、人権キャンペーンに誓います。この賞の名に恥じないよう、今から僕らしく人権活動に尽くして行くことを。

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

12歳の少女の証言が実現したバーモント州同性結婚合法化

In Civil Rights, LGBT on 2009/04/09 at 00:59

(0:00 – 5:00)

It was just a huge mix of feelings, I mean I was really nervous being there in front of all those people, and some of them didn’t support what I have to say.  So that was hard. But I also felt excited. Because I felt like I was a part of something so important to me and to my family, and so many other gay and lesbian couples in Vermont. So, it was just a mix of everything.  But over all it felt good, and it felt like it was really time for me to speak up.

(Evann Orleck-Jetter エヴァン・オーレック・ジェター) 証言した時、いろいろな気持ちが混じっていました。大勢の人の前で話すのはとても緊張しました。中には私の言いたいことに反対している人たちもいましたから。難しかった、でも同時にとても興奮しました。私と私の家族にとって、そしてバーモント州のたくさんのゲイレズビアンカップルにとって、とても大事な出来事の一部になっていることを感じたからです。いろいろな気持ちが混じっていました。でも最終的に嬉しかった。私が話さなければならないのは今なんだ、と思いました。

Can you talk about what it means for your moms to marry each other?

(Amy Goodman エミー・グッドマン) あなたのお母さんたちが結婚できることのあなたへの意味は?

It means a lot of things. It means that in school I was always not be able to connect with my classmates, their parents are all married or divorced or.. Anyway, I always felt separated from them in that way, connect with them, because my parents are Civil Unioned cause they didn’t have right to get married. And I was hurt by that.  I was upset by that. But I also felt like I really couldn’t talk about it because people didn’t know what is like to have parents who are Civil Unioned.  And now my parents got a right to married, it opens so much for me.  I feel so much more comfortable now, talk to my classmates and my teachers, and I think there’s no boundary anymore.

(エヴァン) いろいろな意味があります。学校で私はいつも、クラスメートたちと繋がれないのです。みんな両親は結婚していたり離婚していたり。でも気持ちが繋がらないのです。私の両親は結婚する法的権利がないのでシビル・ユニオン/市民婚なのです。私はそのことでいつも心を痛めていました。憤慨していました。でもそれを公に話してはいけないようにも感じていたのです。他の人には両親が市民婚である子供の気持ちはわからないことですから。でも私の両親に権利が与えられたことで、私の世界は広がります。不自然さもなくなるし、クラスメートや先生とも自由に話せます。境界線がなくなったんです。

How did you hear the governor’s veto was overwritten by the vote of republican and democratic legislature?

(エミー) 共和党も民主党も州知事の拒否権無効に投票したことを、どうやって知りましたか?

My mom picked me up at school, and I went home, and she told me, and I was just surprised because I was really worried that we couldn’t overwrite the veto. But I also felt so much joy, because.. WOW! it really happened! My parents can get married now, and we come together, Republicans and Democrats to fight for an issue, that’s really important. It felt great to be a part of it, I hope I made a difference.  It was just a great moment for me.

(エヴァン) 母が学校に迎えに来てくれて、家に帰って聞きました。驚きました。無効にできないのではないかと心配していたので。同時にとても嬉しかった。ワァ!ほんとうに無効に出来たんだ!ママたちが結婚できるんだ!みんなひとつになれるんだ!って。共和党と民主党がひとつになって重要な事柄に立ち向かうことはとても大事なことだと思います。このことの一部になれてとても嬉しいです。私の証言が少しでも役に立ったのだといいなと思います。ほんとうに素晴らしい瞬間でした。

Clearly you made a difference. Because when legislatures were asked about how they perhaps changed their vote, or why they decided to vote for gay marriage, a number of them talked about you, about 12-year old girl testifying talking about what it meant for her moms to marry. So how does it feel to make a history of it?

(エミー) あなたは無効実現に大きな役割を果たしたんですよ。開票の後、議員に聞きました。証言会でもしあなたが支持を変えたとしたら、同政権婚支持に投票することを決めたとしたら、その理由はなんだったか?と。たくさんの議員が言いましたよ「母たちが結婚できることの意味について証言した、あの12歳の少女」あなたは歴史を作ったのです。どんな気持ちですか?

Well, I think why I made such a difference is because the opposition said that “we’re all about the kids”. And that just didn’t make sense to me. If you are all about the kids, then why don’t you support the people who are trying to raise them and have a great family, instead of saying “they are not qualified”.  It was so important to me to get out there and say what I felt.  Because I don’t think they really knew what they were saying when they put that ad out.  I think it was a lack of information to say it was about the kids. It hurts me that they are so against my parents getting married.  If you think about the kids, then you should think about hurting kids whose parents just want equal rights and kids just want equal rights, feel accepted in schools with their teachers.  So getting up there, saying I felt, I though that really helped change things. I felt honored that I could help change history.  It was really a big moment for me.

(エヴァン) 私が歴史を変えたのだとしたら、それは反対者が掲げていた「これは子供たちのための問題だ」というスローガンがあったからです。私にはわからなかった。もし子供たちのためなのなら、なぜ子供たちを一生懸命育てて家族を築こうとしている人たちを支持しないのでしょうか。そのかわりに「彼らには資格がない」と言う。それを聞いた私の気持ちを伝えることが大事だと思いました。反対する人たちには言っていることの意味がほんとうにはわかっていなかったのだと思います。情報がなかったのです。「子供のため」と言っていますが、子供の私は母たちが攻撃されていることにとても心を痛めます。子供のことを考えるなら、平等を求める親たちの子供たちがどんなに傷ついているか、学校で普通の子供として受け入れられたがっているか、それを考えるべきです。そのことを証言しました。それが歴史を変えることに役立ったのだと思います。とても光栄です。ほんとうに素晴らしい瞬間でした。

Democracy Now!: Testimony of 12-Year-Old with Two Moms Moves Some Vermont Legislators to Support Gay Marriage Bill
http://www.democracynow.org/2009/4/8/testimony_of_12_year_old_with

米バーモント州議会、同性結婚を合法化 知事の拒否権覆す
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200904080015.html

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

ショーン・ペン「ハーヴィー・ミルクの日」制定誓願記者会見

In Activism, Civil Rights, LGBT on 2009/03/15 at 00:16


「5月22日をハーヴィー・ミルクの日に制定しよう」
2009年3月3日サンフランシスコ市役所にて

I trust Governor Schwarzenegger is an increasingly reasonable man. And that he understands that passing on prejudices, as surround this issue as so many others is poisonous to future generations. Declaring Harvey Milk day, in that I believe, will happen with this support. It’s the kind of things I can speak first hand to.

シュワルツネッガー州知事は徐々に理解を深めている人だと信じます。そして今回の同性婚廃止や他の多くの事項にまつわる差別や偏見を伝承していくことは、新しい世代を毒することだということを理解しています。私が強く信じる「ハーヴィー・ミルクの日」は、みなさんの支持によってきっと実現します。私はこの日の必要性を、自分の経験から訴えることが出来ます。

There’re current issues related to Prop 8, we’ve talked about those issues today. But also current needs for volunteerism and activism in this day in this country and the world.

今日みなで話し合ったように、現在「Proposition 8 / 州条例8」を無効にするという課題があります。だがそれにもまして、ボランティアや社会運動が、全米でそして世界で必要とされています。

Harvey Milk, in my own experience of researching the project and learning about him in the way in which a day like this will encourage children in schools around the state to do, wakes up that interest in activism and volunteerism in every way imaginable.

私は映画のためにハーヴィー・ミルクについて調べ、彼のことを学びました。彼のような人物の記念日を制定することは、全国の学童を目覚めさせ、ボランティアや社会運動への興味を湧かせると言うことです。子供たちはきっと私たちの想像もつかない様な、クリエイティブな活動を思いつくことでしょう。

For that reason, it’s not just important but essential with such a heroic and seminal figure as Harvey Milk that we honor him in this way, that we honor the children in generations to come in spreading this kind of understanding and excitement about their participation in our system.

だからこそこの日の制定は、重要だというだけでなく、必要不可欠なのです。ハーヴィー・ミルクのような代々言い伝えられる英雄を讃えることは、未来の子供たちを讃えることです。社会に参加することの意味を理解し、参加することに感動する、その喜びを伝えられるのです。

We’re very appreciative you are here today to help us remind the Governor of that, and I appreciate all of those who stand with us in that effort in that direction. Thank you very much。

今日ここに集まって下さったみなさんに感謝します。この会見でシュワルツネッガー州知事に制定の重大さを伝えることができます。そして私たちとともに、制定に向かって立ち上がって下さったみなさん、ほんとうにどうもありがとう。

Academy Award Winner Sean Penn, Senator Mark Leno, EQCA Introduce Harvey Milk Day Legislation

ガンディー、キング牧師、ハーヴィー・ミルク

1930年: ハーヴィー・ミルク誕生。ガンディー、英国の塩税反対400kmマーチ、6万人投獄。
1933年: ガンディー、21日絶食。第二次世界大戦開戦。ガンディー、インド民主主義のために大戦参戦反対、が却下。それが引き金となり、非暴力抵抗運動が始まる。
1947年: ガンディー、自由獲得のハンガーストライキ。ハーヴィー・ミルク、高校卒業。
1948年: ガンディー暗殺。
1955年: ローザ・パークス、バスボイコット。
1963年: キング牧師、セルマモンゴメリー非暴力マーチ。
1965年: 黒人投票権議会承認。
1968年: キング牧師暗殺。
1969年: ニューヨークのゲイ暴動「ストーンウォール」
1972年: ハーヴィー・ミルク、サンフランシスコへ転居。
1975年: ハーヴィー・ミルク、市議会議員立候補、落選。
1976年: ハーヴィー・ミルク、下院議員立候補、落選。
1977年: アニタ・ブライアント、反ゲイ運動。
1978年: ハーヴィー・ミルク当選、米国初ゲイ政府役職。ジョン・ブリッグス「州条例6」推進活動、ハーヴィー・ミルクの活動により却下。
1978年: ハーヴィー・ミルク暗殺。
1979年: 暗殺者ダン・ホワイトの不当な刑に対して、サンフランシスコで暴動。
2008年: 「MILK」

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

弾丸が壊した扉 – ミルクの死から生まれたコーラス隊

In Civil Rights, LGBT, Music + on 2009/03/08 at 03:46

クリップ: ドキュメンタリー映画「Why We Sing!」から
We’re Not Lost We’re Here – San Francisco Gay Men’s Chorus

160のコーラス隊5000人のシンガーが参加した、国際LGBTコーラス大会での演奏の模様とインタヴューを通して、LGBTコーラスの30年の歴史を振り返り、現在抱える問題を問いかけるドキュメンタリー。
ナレーター: サンフランシスコ市長ギャビン・ニューソム

Why We Sing! なぜ私たちは歌うのか
http://www.whywesing.org

– – – – – – – – – –
“If a bullet should enter my brain, let the bullet destroy every closet door.”
– もし弾丸が私の頭を撃ち抜くとしたら、その弾丸がすべてのクローゼットの扉を壊すだろう – ハーヴィー・ミルク

ハーヴィー・ミルクが「希望のスピーチ」を掲げてアメリカ全土を巡っていた、ゲイ民権運動の1978年。音楽家Jon Reed Sims / ジョン・シムズはミルクの声に応えて、ゲイフリーダム・マーチングバンド、バトントワラーチームを編成した。同時にゲイコーラス隊の編成を始め、1978年10月30日に最初の練習を行った。「ゲイコーラス」の名前で、社会からの偏見を恐れて公の参加を躊躇するメンバーも多くいた。

しかし彼らの本番はまもなく予期せぬ、そして悲しい形で訪れた。最初の練習から一ヶ月後の11月27日、ハーヴィー・ミルクとジョージ・マスコーニが市役所で殺された。その夜、市役所の前に100人のゲイコーラスメンバーが集まった。100の声が 「Thou, Lord, Our Refuge – 主よ、あなたはわれらの避難所である」を即興で合唱した。彼らの初めての公の場での合唱だった。ミルクの死が、SFGMC / サンフランシスコ・ゲイメンズコーラスに産声をあげさせたのだ。

1980年後半から1990年末、AIDSエイズによってSFGMCは多くのメンバーを失った。この時期の演奏会では、エイズの危機を一般に知らせるため のフォーラムや、亡くなった人々への追悼が行われた。メンバーにとって、情報の交換や支え合うことの出来る、数少ない場所のひとつとなった。家族から見放された人々にとって、コーラス隊は本当の家族の役割を果たした。

SFGMCは世界で最初のゲイコーラス隊、現在世界で最も大きな組織だ。世界のLGBTコーラスコミュニティーから、愛情を持って「grandfather/おじいちゃん – 創立の父」と呼ばれている。まだ他にLGBTコーラスが存在しなかった当初、SFGMCは地元での演奏の確立と、教会での演奏の法的許可を獲得する活動を進めた。1981年にはLGBTコーラスを全国に広めるために、レコード「The San Francisco Gay Men’s Chorus Tours America 1981」を発売し、全米9都市への演奏旅行を行った。

1981年のレコードと演奏旅行に影響を受け、米国各地や海外にもゲイコーラス、LGBTコーラスが出来始めた。ワシントンDC・ゲイメンズコーラス、ボストン・ゲイメンズコーラス、バンクーバー・メンズコーラス、メルボルン・ゲイレズビアンコーラスなどを皮切りに、1982年には米国、ヨーロッパ、オーストラリアなどのほとんどの主要都市で編成された。現在世界のLGBTコーラス隊は250以上にもなるとされている。

SFGMC / サンフランシスコ・ゲイメンズコーラス
http://www.sfgmc.org

参照:
http://en.wikipedia.org/wiki/San_Francisco_Gay_Men%27s_Chorus
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2008/11/29/DD2K14CNRS.DTL

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

ショーン・ペンからの手紙 – We are here to recruit you!

In Activism, Civil Rights, LGBT on 2009/03/06 at 01:15

2009年3月5日
親愛なる100 voices、

今日が転換の日だ。そう、ハーヴィー・ミルクが君たちによく言ったように、”We are here to recruit you.” 君をリクルート/採用するためにこれを書いている。

数分前、カリフォルニア最高裁は「Proposition 8 / 州条例8」同性結婚を無効にする条例の転覆のための証言審議を終えた。今日から90日以内に、最高裁が同性愛者の民権を回復するか不正に剥奪するかが、私たちに知らされることになる。

最高裁がどんな判決を下しても、平等の権利を勝ち取るために、カリフォルニア全土、そして全米で私たちの闘いは続く。

もしこの判決で私たちが勝てば、前回の住民投票で州条例8を支持した人々が、私たちの民権を剥奪するためにまた違った手で運動するだろう。もしこの判決で私たちが負けたら、カリフォルニア住民に再審を訴える準備をしなければならない。どんなことになっても、私たちの最終目標はアメリカ憲法による完全な平等権なのだ。

「Courage Campaign / 勇気のキャンペーン」は現在70万人が登録し、参加者は増え続けている。これからの闘いのための軍隊。ハーヴィー・ミルクが先頭に立って繰り広げたのと同じように、人々の力による運動を起こすのだ。州条例8や「Don’t Ask, Don’t Tell 聞くな言うな」法や結婚保護法によって、権利を剥奪された人々の勝利への抵抗の物語、歴史に誇れる物語を作るのだ。

君を採用するために書いている。私たちの運動を拡大するために、支援して欲しい。できるだけで構わない。どうか支援金を送って欲しい。カリフォルニアの結婚の平等を回復し、アメリカに民権の平等をもたらすために。

http://www.couragecampaign.org/BuildTheMovement

ハーヴィー・ミルクは、組織は底辺から作り上げていかなければならないことを知っていた。ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーの人々が必要としていたのは、ゲイのリーダーであることを知っていた。そしてストレートの同胞との連帯が必要であることを知っていた。

だから私たちは、映画「MILK」を全米で公開することに懸命になってきたのだ。アメリカの新しい世代に見て欲しかったのだ。ハーヴィーが歴史的な勝利を納め平等権を獲得したのは、彼とそして人々の組織の力であったことを。

1978年にハーヴィーが人々を率いて「ブリッグス提案」を却下した時のように、「勇気のキャンペーン」は州条例8を転覆するために、カリフォルニア全土で人々を組織している。「Courage Camp / 勇気のキャンプ」イベントでは、結婚の平等のための活動家へのトレーニングを行っている。地域ごとに「Equality Teams 平等のチーム」を結成している。百万人以上が見た感動の「Fidelity」に代表される、キャンペーンビデオクリップを制作している。

自分たち自身でできる力を持つことが、カリフォルニアそして全米で平等を獲得するための唯一の道だ。「勇気のキャンペーン」はそれを目指し進んでいる。底辺から人々が立ち上がり形成する勇気の軍隊、その成功のために、どうぞ支援をお願いします。

http://www.couragecampaign.org/BuildTheMovement

「勇気のキャンペーン」に参加してくれて、ほんとうにありがとう。

ショーン・ペン、ガス・ヴァン・サント、ダスティン・ランス・ブラック、クリーブ・ジョーンズ、ブルース・コーエン、ダン・ジンクス
(映画MILK、俳優、監督、脚本家、コンサルタント、プロデューサー)

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

映画「ミルク」が一ヶ月前に公開されていたら…ダスティン・ランス・ブラックの声明

In Activism, Civil Rights, LGBT on 2009/03/05 at 02:34

If you believe in life… If you believe in happiness… if you believe in kindness… if you believe in beauty… if you believe in compassion… if you believe in love…
If you believe… then COME OUT, COME OUT, wherever you are… and be with us

もし生きることを信じるなら、幸せを信じるなら、思いやりを信じるなら、美しさを信じるなら、情熱を信じるなら、愛を信じるなら…
もし君が信じるのなら、出ておいで、出ておいで、隠れていないで、そして僕らと一緒になろう

映画「ミルク」がもし2008年10月に公開されていたら
“Harvey Would Have Opened It in October”

http://www.slate.com/id/2205564/

ハーヴィー・ミルクは1978年11月27日に射殺された。彼が政治的な偉業 – 「Proposition 6 /カリフォルニア州条例6」の否決 – を遂げた三週間後だった。同性愛者である学校教師を強制解雇する – という「Proposition 6」の否決国民投票のために、ハーヴィーは大々的なキャンペーンをはり、大成功したのだ。30年後の11月、カリフォルニアは同年に州最高裁で認められた同性愛者の結婚許可の停止「Proposition 8 /カリフォルニア州条例8」の国民投票を迎え、結婚許可支持派は敗北した。映画「MILK」は単なる娯楽映画ではない。もし「MILK」が投票一ヶ月前に公開されていたら…

しかしこの敗北によって「MILK」には新たな意味が生まれた。劇中の「Proposition 6」開票シーンで不安に満ちた人々にハーヴィーは言う「もし強制解雇が通ったら、またやりかえすんだ!」この言葉を受けて、「MILK」脚本家プロデューサーのダスティン・ランス・ブラックとハーヴィーの側近だったクリーブ・ジョーンズは共同声明を出した。

NOW IS THE TIME / 今こそその時(抜粋)
http://www.sevenweekstoequality.com/blog/now-time

2008年11月4日、何百万ものゲイ・レズビアン・バイセクシュアル・トランスジェンダーのすべての人種のアメリカ市民が、胸を張ってバラック・オバマに投票した。そして同じ日にアリゾナ、アーカンソー、カリフォルニア、フロリダの法律はGLBTの市民権を否定する法案を通した。オバマに投票したすべてのアメリカ人同様、私たちはオバマのビジョン – すべてのアメリカ人がひとつになる – に共鳴している。ひとつになって、国や地球にとってもっと大事なことに取り組んでいかなければならない時だ。

私たちはずっと国に尽くして来た。ゲイであることで軍法会議にかけられるかもしれない中で兵隊として尽くして来た。差別されレッテルをはられながらも教師として尽くして来た。苦境の中で親として里親として子供を育てて来た。崩壊した医療システムの中で医者として看護婦看護士として患者を看て来た。芸術家として、作家として、音楽家として、工場やホテルの従業員として、農家やオフィースの働き手として。私たちはずっと国を愛し、尽くして来た。

ハーヴィー・ミルクが平等への闘争に命を捧げてから30年たった。私たちはこれからさらに30年待つことを拒否する。私たちは連邦政府に対して、アメリカ全土で私たちの権利が保護されることを要求する。もう妥協することはできない。もう待つことは出来ない。

アメリカ全土に非暴力市民抵抗運動を呼びかける。2008年11月27日ハーヴィー暗殺30周年の日から7週間。そして2009年1月20日、アメリカ中からワシントンに集合し、オバマ大統領の就任式に参列するのだ。

We can accept no compromise… We can wait no longer… Now is the time… We are equal
私たちは妥協しない、私たちはこれ以上待たない、今がその時だ、私たちは平等だ

EVE OF JUSTICE
http://www.eveofjustice.com
100,000 RALLY FOR EQUALITY
http://www.100000march.org

2009年3月5日、「Proposition 8」結婚許可の停止の撤廃、併発した2008年発行結婚証明書の無効要請の撤廃を州最高裁に誓願する証言公聴会が行われる。カリフォルニア各都市、ニューヨーク、アリゾナ、オクラホマ、フロリダで前夜のロウソク集会、当日の大規模集会が行われる。

Eve of Justice: San Francisco(ビデオ写真集)
http://www.sfgate.com/cgi-bin/object/article?f=/c/a/2009/03/04/BAR916986Q.DTL&o=
Eve of Justice: Los Angeles(写真記事)
http://www.latimes.com/news/local/politics/cal/la-me-gay-marriage5-2009mar05,0,5829409.story

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

ミルク暗殺30周年追悼式、ミルク記念日制定申請

In Activism, Civil Rights, LGBT on 2009/03/04 at 01:45

ジョージ・マスコーニ、ハーヴィー・ミルク、暗殺30周年追悼式
Remembering George Moscone & Harvey Milk, 11/28/2008

2008年11月28日、サンフランシスコは市長ジョージ・マスコーニと市議会委員ハーヴィー・ミルクを偲んだ。市議会委員ダン・ホワイトによって二人が暗殺されたのは1978年11月27日、その日は30周年の翌日だった。マスコーニ市長はサンフランシスコの民権を奪われた人々の保護政策を推進し、後に続く市と州の政治家への雛形を残した。ハーヴィー・ミルクはゲイであることを公にして政府役職に初めて選ばれ、1970年代のゲイの民権運動のパイオニアであった。

市役所前での式典は、サンフランシスコ・ゲイメンズコーラスの合唱で始まった。そしてサンフランシスコ・レズビアンゲイ・フリーダムバンド、レズビアンゲイコーラス、GLAMユースクワイアの演奏や合唱が続いた。二人と親しかった政治家や活動家、そして家族のスピーチが行われた。

– トム・アミアノ(ゲイであることを公にしている州議会議員、LGBT活動家)
– ジョン・マスコーニ(ジョージ・マスコーニの息子)
– ウィリー・ブラウン(元サンフランシスコ市長、SF市長としては唯一の黒人)
– ストゥワート・ミルク(ハーヴィー・ミルクの甥)
– キャロル・ルース・シルバー(政治家、マスコーニとミルクと共に暗殺されるはずだったが、その日自室にいなかったために免れた)
– ハリー・ブリット(暗殺直後、ダイアン・ファインシュタイン市長によってミルクの市議会委員席に指名された)

この日、サンフランシスコ・ゲイメンズコーラスが歌った曲のひとつ「Thou, Lord Our Refuge」。これは1978年の暗殺のあった日の夜、彼らが市役所の前で歌った曲だ。彼らはこの夜、初めて公共の場所で歌った。この夜、全米で初めてのゲイメンズコーラスが誕生したのだ。

市役所の式典の後、人々はロウソクを手にカストロへと向かった。大通りを埋め尽くすキャンドルマーチ。マーチの目的地は「575 カストロ / 575 Castro Street」ハーヴィー・ミルクのカストロカメラがあった場所だ。人々を先導するのはレズビアンゲイ・フリーダムバンド。「575 カストロ」の前で、スピーチが行われた。

– マーク・レノ(2008年当選、ゲイであることを公にしている全米初の上院議員)
– ホゼ・シスネロス(ゲイであることを公にしているサンフランシスコ市財務局長、ラテン系)
– ベヴァン・ダフティー(ゲイであることを公にしているサンフランシスコ市議会議員、父は「Lady Sings the Blues ビリー・ホリディ物語 / 奇妙な果実」の作者ウィリアム・ダフティー、名付け親は歌手ビリー・ホリデー)

Moscone Milk Memorial 2008 – Mark Leno
暗殺30周年追悼式マーク・レノ、スピーチ

皆さんバラック・オバマの当選にまだ興奮していますよね。そしてこうして今、「MILK」のポスターが一面に貼られているカストロシアターのそばにいます。何ヶ月もの間オバマが発していたメッセージの中に、私はハーヴィーの姿を重ねていました。「次の誰かや次の機会を待っていては変化は訪れない。私たち自身が私たちの待ち望んでいた者なのだ。私たち自身が変化なのだ。」ハーヴィーは社会の不平等を知っていました。そしてそれを変えるためには自分たちの地域から変えていかなければならないことを。そして人々が草の根組織を作らなければならないことを。

私はハーヴィーの誕生日5月22日をカリフォルニアの祝日にする法案をを州議会に提出しました。この不況時に政府に負担をかけることはできないので、休日にはなりませんが、毎年その日が「ハーヴィー・ミルク・ディ」として祝われ、学校で生徒が彼のことを学ぶようになります。しかしシュワルツネーガー州知事はこれを拒否しました。その意図はサンフランシスコだけに押さえてくれ、という返答です。でも映画「MILK」が全国的に広まれば、これはサンフランシスコだけのことではなくなります。そして世界にも広がります。ミルクの物語は時代を超えて国境を越えて、語り継がれるべきなのです。自由と解放の物語、人が尊厳と自由を持って生きられるための。リンカーンやキング牧師やシーザー・シャベスやガンディーの物語のように。私は来年この法案を再度提出します。それまで皆さん、ロウソクを掲げ続けて下さい。

Academy Award Winner Sean Penn Joins Senetor Mark Leno and EQCA
2009年3月3日、俳優ショーン・ペンが上院議員マーク・レノと合同で「州法案572: 5月22日ハーヴィー・ミルク記念日の制定」を提出。

http://dist03.casen.govoffice.com/index.asp?Type=B_PR&SEC={F0DFD1A5-1C7B-4F09-9F09-C48A423D1072}&DE={2A4D57CB-84F2-4921-983B-045BE6E175DA}

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

シルベスター: ミルク革命のサントラはディスコビート

In Civil Rights, LGBT, Music + on 2009/03/02 at 23:08

ここで見ることが出来ます http://youtube.com/watch?v=Ue2UXnxp8Rs

映画MILKオフィシャルサイト記事: ミルク革命のサントラはディスコビート
Milk Marched to a Disco Beat

http://www.filminfocus.com/article/milk_marched_to_a_disco_beat

映画ミルクの半ば、何度も落選した後に市議会委員に当選した、歓喜の祝賀パーティーのシーン。会場でミルクが喜びを分かち合う一人が、両性の魅力とファルセットの黒人歌手シルベスターだ。この翌年彼は「You Make Me Feel (Mighty Real) ユー・メイク・ミー・フィール」と「Dance (Disco Heat)」で国際的なディスコスターとなる。カストロ地区のパーティーやパレードにはいつも二人の姿があった。シルベスターはミルクの最後の誕生日に歌ったし、オープンカーに座ってTシャツ姿で手を振っていたミルクの最後のプライドパレードにも出演した。もしミルクがカストロの市長なら、シルベスターは紛れもなくカストロのファーストレディーだ。ゲイ文化の象徴であり、ゲイムーブメントの最も有名なサウンドトラックだ。シルベスターとミルクは同じムーブメントの中にいた。拠点が同じだからというだけでない。彼らが密接な関係だったことは、ミルクの率いるゲイ改革運動にいかに音楽(特にダンスミュージック)が重要な役割を果たしたかを物語っている。

すべての社会運動に音楽がある。「We Shall Not Be Moved」、バッファロー・スプリングフィールド、オバマガールズ‥。1960年代そして1970年代前半、音楽によって助長され拡大した文化があった。60年代の性の自由、ヒッピー文化、ジャニス・ジョプリン、ジェファーソン・エアプレイン。70年代初頭のブリティッシュ・グリッター・グラム。デビッド・ボーイ、Tレックス、ロキシー・ミュージック。彼らは挑発的な性の融合、時に同性愛をも崇めた。だがゲイ革命運動がテーマ曲にしたのは – それなしでは運動さえ起こらなかったかもしれない音楽は – ディスコ。ゲイ革命に流れたのは「We Shall Overcome」ではなく「We Are Family」。そしてゲイ革命を突き進めたのは闘いではなく「ダンス」だった。

(中略)

ハーヴィー・ミルクとジョージ・マスコーニが殺されて数ヶ月後、シルヴェスターは長年の夢サンフランシスコ・オペラハウスで歌った。ソルドアウトだ。ツァーからのホームカミングパーティーとされたコンサートだったが、反ゲイ運動を展開するアニタ・ブライアントとジョン・ブリッグス、そしてダン・ホワイトへの怒りが底辺に込められていた。バックシンガー(イゾラ・アームステッドとマーサ・ウォルシュ = Two Tons of Fun = The Weather Girls = “Everybody Dance Now”)とバンド総勢26名。フィナーレの「You Make Me Feel (Mighty Real)」が急にスローになり、ディスコが一転してヒム/賛美歌になり会場が教会に変わる。シルベスターの指揮で会場が代わる代わるテーマを歌い、オペラハウスに「You Make Me Feel (Mighty Real)」が響き渡る。シルベスターの合図でバンドがフル演奏を始め、会場の声が合流した。まるですべての人々が手を繋いでいるように。

Sylvester: Living Proof – シルベスター: オペラハウスライブ
http://www.amazon.com/dp/B000000XHH

http://www.amazon.co.jp/dp/B000000XHH

その数ヶ月後1979年5月21日、ゲイでも黒人でもアジア人でもない陪審員たちによって、ダン・ホワイトに過失致死による7年8ヶ月の判決が下った。何千もの人々が市役所へのマーチに加わり、不条理な判決に抗議した。窓を割る者、パトカーに火を付ける者。警官は非常体制で乗り込み、カストロ地区を閉鎖し、シルベスターが毎日曜歌うバーElephant Walkをなぎ倒した。だがElephant Walkは翌日開店。そしてその日は丁度ミルクの誕生日だった。ミルクの友人クリーブ・ジョーンズがパーティーを企画し、二万人が集まった。「警官のツラにディスコをぶつけてやるのよ!」二万人がハッピー・バースデーを歌い、マリファナを吹かし、ビールを飲み、そして踊った。ジャーナリストのランディー・シルトは言った「嵐の様な暴動を起こしておきながら、一夜明けるとピースなディスコパーティーができるとは、同性愛のなんと素晴らしい才能!」シルベスターが舞台に上がり「You Make Me Feel (Mighty Real)」を歌い出すと、二万人は踊り、踊り、踊った。「やつらが攻撃してくる時、かわすコツは踊り続けること」

文: ジョシュア・ギャムソン Joshua Gamson
著書: The Fabulous Sylvester:  The Legend, The Music, The Seventies in San Francisco

http://www.amazon.com/dp/0312425694

http://www.amazon.co.jp/dp/0312425694

SYLVESTER: MIGHTY REAL シルベスターのドキュメンタリー
http://www.vimeo.com/2225907(クリップ)
http://www.officialsylvester.com

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

活動家スティービー・ワンダー、ガーシュイン賞受賞ライブ全編

In Activism, Civil Rights, Music + on 2009/03/01 at 00:31

1974年: You Haven’t Done Nothing「悪夢」

アルバム「ファースト・フィナーレ」から、バックにジャクソン5をフィーチャーしたファンクシングル。スティービーの四番目のポップチャート#1。ニクソン大統領に対する怒りをまっこうから叩き付けた曲で、B面にはやはり政治的な内容の「ビッグ・ブラザー」が収録された。

1981年: Happy Birthday「ハッピー・バースデイ」

スティービーはキング牧師誕生日祝日化運動の中心人物だった。この曲のヒットによって、運動が広く知られることになった。アルバム「ホッター・ザン・ジュライ」に収録され、キング牧師と民権運動の写真、スティービー自身によって書かれた解説文がLPスリーブに記載された。

2008年2月: UCLAオバマラリー

私たちの祖先と神の名において、私たちの命、この国とそして世界の命の原則を守るために生きて死んでいった人たちの名において、今日私はここにいます。私にはビジョンがありました。キング牧師の誕生日を祝日にすると言った時、人々は信じなかった。でも実現しました。南アフリカの解放のビジョンもありました。マンデラの名において、私はここにいます。そして今、私にはアメリカのすべての人々がひとつになるビジョンがあります。だからオバマを支援するのです。オバマにはアメリカをひとつにすることができます。

2009年2月25日: オバマ、ガーシュイン賞を授与

ミシェルと同様、スティービーの音楽は私の若い頃のサウンドトラックだ。彼の音楽は私に平和と激励を与えた。特に人生の困難に立ち向かう時。本当のところ、もしスティービーのファンでなかったら、ミシェルとデートしてもらえなかっただろうし、結婚もしていなかったかもしれない。二人ともスティービーを好きだったことが、交際中そして今も要だ。私たちだけではない。世界の大勢の人々が彼の音楽を愛し、同様な安らぎを見いだしている。困難の中で、彼の音楽で希望と人類愛を見いだしている。

米国議会図書館ガーシュイン賞(アメリカポップソング最高賞)
ホワイトハウスでの賞授与とコンサート、オンラインフィード(1時間)

PBS: In Performance at The White House
http://www.pbs.org/inperformanceatthewhitehouse/

ホスト: オバマ夫妻、演奏: スティービー・ワンダー、インディア・アリー、トニー・ベネット、アニタ・ジョンソン、ダイアナ・クラール、メリー・メリー、マルティナ・マクブライド、ポール・サイモン、エスペランザ・スパルディング

国際女性デー: パワフルノイズ、ライブ!

In Civil Rights, Human Rights on 2009/02/27 at 01:02


Hanh learned that she had contracted HIV after her husband and daughter died from AIDS. Bouncing back from despair, she started a self-help group in Vietnam, called Immortal Flower, to give people living with HIV/AIDS a place for support, counseling and health care.

‥昔、この土地はとても平和で住みやすかった。エイズが蔓延するまでは。この村を変えなえれば、私たち感染者自身の手で。「コンドームを洗っては駄目!使うのは一度だけよ!」‥

夫と娘をエイズでなくした後、ハナは自分もHIVに感染していることを知った。絶望から立ち直ったハナは、ベトナムの自分の村にコミュニティーを作った。HIV、エイズと共に生きる人々のためのカウンセリングやケアを、自分たちの力で与え合うコミュニティーは、「Immortal Flower / 不死の花」と名付けられた。

Nada is a working mother of three children. As a refugee, she survived the Bosnian War. Her women’s association, Maja Kravica, is helping ease hostilities between Serbs and Bosniaks in a region marred by war crimes and massive destruction. Nada is building an agricultural cooperative to offer employment opportunities for war widows, and fair trade markets for families to sell their crops and livestock.

‥この戦争で得たものは何もないわ。ここでは名前でレッテルを貼られる。私を見て欲しい、民族ではなくて人間として判断してほしいんです。‥

ナダは働きながら三人の子供を育てる、ボズニア戦災者。ナダの住む村クラヴィカの女性団体「Maja / マヤ」は、戦争犯罪と大規模崩壊で荒れ果てた地域で、セルビア人とボズニア人の対立を緩和する活動をしている。そこでナダは農業共同体を作り、戦争で家族を亡くした女性たちに仕事を与え、彼女たちが作物や家畜を売ることができるフェアトレード市場を提供している。

Jacqueline, better known as “Madame Urbain” fights forced labor practices in the slums of Bamako, Mali. Madame Urbain stands up for the rights of powerless girls who are often abused in the workplace or on the streets of the big city. Her organization, APAF, provides girls a basic education, teaches them vocational skills and places them in safe jobs.

‥親たちは子供たちのことを考えていない。子供は神が与えた労働力だと思っているんです。特に女の子は。「みんな、聞きなさい!娘たちを学校に行かせなさい!」‥

ジャクリーンの呼び名は「マダム・ウルベイン」。マリのバマコの貧民地区での不正強制労働と闘っている。都市の路上や作業場で虐待されている無力の少女たち。マダム・ウルベインは彼女たちの権利のために闘っている。彼女の団体APAFでは、少女たちに基礎教育を与え、仕事の技術を教えて、少女たちを安全な職場に就かせる活動をしている。

Three very different lives. Three vastly different worlds. But they share something in common: Power. These women are each overcoming gender barriers to rise up and claim a voice in their societies. Through their empowerment and ability to empower others, Hanh, Nada and Jacqueline are sparking remarkable changes.

三つの異なった人生。三つの全く違う世界。でも三人には共通しているものがある。POWER – 力。三人は女性である壁を乗り越え、自分たちの社会で自分たちの声を上げた。彼女たち自身の力、そして周囲にも力を与えることのできる能力。ハナ、ナダ、ジャクリーンはそれぞれの地域に輝かしい変化をもたらしている。

A POWERFUL NOISE Live!
全米イベント: パワフルノイズ、ライブ!

On Thursday, March 5, 2009, A POWERFUL NOISE Live will appear in 450 movie theatres across the United States. This one-night event will feature the acclaimed documentary followed by a town hall discussion broadcast live from New York City to each theatre. Panelists include Madeleine K. Albright, Natalie Portman, Christy Turlington Burns, Nicholas Kristof, Dr. Helene Gayle and more.

2009年3月5日木曜「パワフルノイズ、ライブ!」が全米450の劇場で一斉上映されます。一晩だけのイベント。ドキュメンタリー「パワフルノイズ」上映の後、ニューヨークで行われるタウンホール討論会の模様が全国に中継されます。討論会出演者は、元国務長官マドレーン・オルブライト、女優ナタリー・ポートマン、国際協力団体CAREのクリスティー・バーンズとヘレン・ゲイル、ジャーナリストのニコラス・クリストフら。

A POWERFUL NOISE Live begins at 7:30pmET/6:30pmCT
5:30pmMT/8pmPT(taped).

パワフルノイズ、オフィシャルサイト
(上映館の検索、討論会への質問送信ができます)
http://www.apowerfulnoise.org
http://apowerfulnoise.fathomevents.com

ダスティン・ランス・ブラック: ミルク脚本賞

In Civil Rights, LGBT on 2009/02/23 at 01:18


ここで見ることが出来ます http://share.ovi.com/media/atmain.public/atmain.10048

This was not an easy film to make.  At first I have to thank Cleve Jones, Anne Kronenberg and all the real life people who shared the story with me. And Gus Van Sant and Sean Penn, Emile Hirsch, Josh Brolin, James Franco and our entire cast, my producers Dan Jinks, Bruce Cohen and everyone on the ground of Focus, for taking on a challenge on telling this life saving story.

「MILK / ミルク」の製作は容易ではありませんでした。始めにクリーブ・ジョーンズ、アン・クローネンバーグ、ミルクと過ごした年月を僕に教えてくれた人々に感謝します。そしてガス・ヴァン・サント、ショーン・ペン、エミール・ハーシュ、ジョシュ・ブローリン、ジェームス・フランコ、すべてのキャストメンバー。プロデューサーのダン・ジンクス、ブルース・コーエン、そしてフォーカス映画のすべての人々に。この「人の命を救う」物語を伝えるという難題に挑戦してくれたことに感謝します。

When I was thirteen years old, my beautiful mother and father moved me from conservative Mormon home in San Antonio TX to California. And I heard the story of Harvey Milk.  And it gave me hope. It gave me the hope to live my life, it gave me the hope to one day I can live my life openly as who I am, and maybe even I could fall in love, and one day get married.

僕が13才の時、美しい僕の母と父は、テキサス州サンアントニオの保守的なモルモン教の家庭から、僕を連れ出してくれました。そして僕はハーヴィー・ミルクのことを知ったのです。そして希望をもらいました。自分の人生を生きる希望、僕が僕としてありのままに生きて行ける人生への希望、そしていつか愛する人と巡り会い結婚できるという希望。

I wanna thank my mom, who’s always loved me for who I am even when there was pressure not to.  But most of all, if Harvey had not be taken from us 30 years ago, I think he want me to say, to all of the gay and lesbian kids out there tonight who have been told who are less by their churches, by the government, or by their families, that you are beautiful, wonderful creatures of the value.  And no matter anyone tells you God loves you, and very soon I promise you will have equal rights, federally across this nation of ours.

母に感謝します。母はいつも僕を愛してくれた、周囲の偏見の中でもずっと変わらずに。もしハーヴィーが30年前に僕たちの元から離れなかったら、きっと今日こう言うでしょう。「すべてのゲイ・レズビアンである子供たち若者たち、教会や政府や家族たちから『劣等』と言われて来た君たちへ。君たちは美しい、そして価値のある素晴らしい人間だ。誰がなんと言おうと、神は君たちを愛している。そしてもうすぐ、君たちに平等な人権が与えられる。僕たちの国の西から東まで、政府による正当な人権が。僕は約束する」

Thank you, and thank you God for giving us Harvey Milk.

ありがとう、そしてハーヴィー・ミルクを僕らに与えて下さった神よ、ありがとう。


ここで見ることが出来ます http://youtube.com/watch?v=Zt9eZnA0-EI

I believe it was right after he was elected, he says “Somewhere out there, there’s a kid in San Antonio TX”, which is where I’m from, “who’s gonna hear that a gay man was elected in the public office, and it’s gonna give him hope” and I just went losing it, broke down and cry, because I was very much that kid growing up.

あれは彼が当選してすぐのスピーチだったと思います。「テキサス州サンアントニオのどこかに少年がいる」僕の出身地です「その少年がある日、同性愛者が政府の役職に当選したことを知る。それはその少年に希望を与える。」それを聞いて僕は、感動に我を忘れて、泣き崩れてしまいました。だって、僕はまさにその「少年」だったから。

And to hear like him, someone like that saying that “Hey, not only you are OK, but you can do great things. Look at me, I’m sitting at the top of the car and I’m elected to the public office, and there’s nothing that can stop me.”  That’s probably the moment that I thought that, you know, we got to get the story back there to continue this message.

彼は言っていた「君はちゃんとした普通の人間というだけじゃない。素晴らしいことが成し遂げられるんだ。僕を見てごらん。政府の役職に選ばれて、オープンカーの上で手を振っているんだよ。僕を止められるものはなにもないんだ」その瞬間、僕の心は決まっていました。彼のメッセージを伝え続けるために、彼の物語をもう一度作らなければ‥と。

– – – – – – – – – –
Pay it forward: Send your thanks to Dustin Lance Black, Sean Penn and Cleve Jones for making “Milk” possible
Watch this inspiring speech, sign the thank you note and invite your friends to watch the video as well

「MILK」を作ってくれた人々に感謝のメールを出そう
ダスティン・ランス・ブラックの素晴らしいスピーチを友達に知らせよう
http://www.couragecampaign.org/ThankYouForMilk

– – – – – – – – – –
過去ブログ: ハーヴェイ・ミルク最後のスピーチ「希望がなければ」
https://100voices.wordpress.com/2009/02/14/got-hope/

MILK(2008)
アカデミー賞最優秀男優賞、オリジナル脚本賞受賞
http://youtube.com/watch?v=s2kD-9QZOs4

http://milkthemovie.com

http://milk-movie.jp/

The Time Of Harvey Milk (1984)
アカデミー賞ベスト・ドキュメンタリー受賞
http://youtube.com/watch?v=Ohd2txsNf0o

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

ブラックリスト – 黒人著名人たちの人生集

In Civil Rights on 2009/02/15 at 01:18

the blacklist..a list of person who are disapproved of, or are to be punished or boycotted.. Imagine reclaiming that phrase and resuscitating the term.  In our case, an assembly of short stories on race, struggle and achievement.

「ブラックリスト」の辞書の意味は、認められていない人のリスト、罰せられるべき人のリスト、拒否されるべき人のリスト。この意味を考え直して生き返らせてみよう。僕らの「ブラックリスト」の意味付けは、黒人の人生談リスト。人種について、葛藤やそして勝ち取ったもの、彼らの物語のリストだ。

Slash(スラッシュ、ガンズ・アンド・ローゼズ、ヴェルヴェット・リヴォルヴァー)
http://blacklistproject.com/List/Slash.htm

ガンズのメンバーであり黒人であることで、アクセルなんかと倫理観が違うと感じたのは、たぶん一度だけかなぁ。アクセルが書いた「One in a Million」っていう曲をプレイし始めた時だ。ほとんど覚えていないくらいなんだが、歌詞が「移民野郎、ホモ野郎、ポリ公、ニガー」。その時初めて俺は言ったんだ「あのさぁ、お前がそういう言い方するの、不愉快なんだよなぁ。」

Chris Rock(クリス・ロック、コメディアン)
http://blacklistproject.com/List/Rock.htm

隣に住んでるのは誰だ?隣は白人だが仕事は何だ?歯医者か、彼はただの歯医者だ、それがアメリカだ‥ってか?だけど親父はよく言ってたよ「何をやっても白人には絶対に勝てん。パンチでのすことはできるけどな。おまえが6で相手が5でも白人が勝つ。裁判所に持って行っても駄目だ。どんなに優勢をふるっても必ず負ける」黒人は一生黒人だ。どこにいてもいるだけで、その存在に過剰に反応される。良いにしろ悪いにしろ‥サ。

Russell Simmons(ラッセル・シモンズ、Def Jam)
http://blacklistproject.com/List/Simmons.htm

黒人でも財や地位のある人たちはラップを嫌って来た。貧しい人々の胸の内を表現する言葉は、時として衝撃的だ。彼らが使う言葉は「生」の言葉だからだ。みんな知っているし、いつも聞いている。だが自分の環境が変わってくると共に、それらから遠ざかろうとするんだ。話題にしなければ存在しないのと同じ、そんな風に装いたがる。貧しい人々の葛藤がラップで表現されなければ、葛藤が人に知られることはなくなってしまう。

Colin Powell(コリン・パウエル、前国務長官)
http://blacklistproject.com/List/Powell.htm

今までよい仕事を多く与えられてきた。そのたびに人は言った「なんでパウエルにあの仕事が行ったのかわかるだろ?黒人の顔が必要だからさ」それは直接私にも言い放たれた「この仕事が君に来たのは、黒人の顔が必要だからさ」そんな時、私はニッコリして言う「いいじゃないか。200年の間、白人だけが必要だったから、私には仕事は来なかった。だからこうして仕事が来ることに文句を言うつもりはないよ。ただ、今大事なのは『仕事が来た』とか『仕事が来なかった』とか『どうやってその仕事を得た』ではない。大事なのは、その仕事における私の仕事ぶりだけだ。」

Kareem Abdul Jabbar(カリーム・アブドゥール・ジャバー、NBA MVP)
http://blacklistproject.com/List/AbdulJabbar.htm

私は1996年に歴史書を書いた。黒人の歴史書でタイトルは「Black Profiles in Courage / 黒人の勇気の顔」伝えたかったのは、ケネディー大統領の本だけが歴史を語っているのではないということだった。その中で私はこんな文章を書いた。今でもいつも頭にある文章だ「私はジョージア州の知事になるよりも、ハーレムの街灯になりたい」黒人がそんなことを思うことが理解できない人も多い、しかしこれは本当なんだ。私がいたいのは、自分が受け入れられ、ベストに向かう自分を励ましてくれる人々がいる場所なんだ。

– – – – – – – –
The Black List Project
http://blacklistproject.com
http://www.youtube.com/blacklist

The Black List, Vol 1(DVD発売中)
http://www.hbo.com/docs/docuseries/theblacklist

The Black List, Vol 2(HBO, 2/26/2009放送)
http://www.hbo.com/docs/programs/blacklistv2

The Black List(書籍)
http://www.amazon.com/dp/1416594191
http://www.amazon.co.jp/dp/1416594191

ハーヴェイ・ミルク最後のスピーチ「希望がなければ」

In Civil Rights, LGBT on 2009/02/14 at 01:06

Somewhere in Des Moines or San Antonio there is a young gay person who all the sudden realizes that he or she is gay; knows that if their parents find out they will be tossed out of the house, their classmates will taunt the child, and the Anita Bryant’s and John Briggs’ are doing their part on TV. And that child has several options: staying in the closet, and suicide.

アイオワ州デスモインス、もしくはテキサス州アントニオのどこかで、一人の少年が突然自分が同性愛者であることに気づいたとしよう。もし両親が知ったら家を追い出される、クラスメートが知ったらひどい目に合う。歌手のアニタ・ブライアントと政治家のジョン・フリッグスは、反ゲイ運動をテレビで大展開しているし。少年に残された選択肢は、クローゼットに隠れる(ゲイであることを隠す)、もしくは自殺。

And then one day that child might open the paper that says “Homosexual elected in San Francisco” and there are two new options: the option is to go to California, or stay in San Antonio and fight.

そんなある日、その少年が新聞を開くと、目に飛び込んでくるヘッドライン「サンフランシスコは同性愛者を市会議員に選出!」少年には新たな選択肢ができた。カリフォルニアへ行く、もしくはサンアントニオに留まって闘う。

Two days after I was elected I got a phone call and the voice was quite young. It was from Altoona, Pennsylvania. And the person said “Thanks”. And you’ve got to elect gay people, so that thousand upon thousands like that child know that there is hope for a better world; there is hope for a better tomorrow.

私が市会議員に当選した二日後、電話がかかってきた。とても若い青年の声だった。ペンシルバニア州アルトゥーナからかけていると言った。若い青年の声は私に言った「ありがとう」。もっともっと同性愛者を選出しなければだめだ。そうすれば何千何万もの彼の様な少年少女青年たちに、彼らの未来に希望があることを知らせることが出来る。もっと人間らしい明日への希望があることを知らせることが出来る。

Without hope, not only gays, but those who are blacks, the Asians, the disabled, the seniors, the us’s: without hope the us’s give up. I know that you can’t live on hope alone, but without it, life is not worth living. And you, and you, and you, and you have got to give them hope.

希望がなければ…同性愛者だけでなく、黒人やアジア人や障害者や老人や、マイノリティーの私たちすべてが、希望がなければ諦めるしかない。希望だけでは生きて行けないことはわかっているが、希望がなければ生きていることの価値がないんだ。君、君、君たちみんな、彼らに希望を与えなければ!

-Harvey Milk, 1978
ハーヴェイ・ミルク 1978年

– – – – – – –
Harvey Milk was the first openly-gay man to be elected to public office in the US in 1977. His most recognized speech, “You Cannot Live On Hope Alone,” was given in 1978, shortly before he was assassinated. His words resonate particularly today as Californians debate a resolution to ban gay marriage.

ハーヴェイ・ミルクは1977年米国で初めて、自分が同性愛者であることを公にしながら政府の役職に選出された。彼の最も有名なスピーチ「You Cannot Live On Hope Alone/希望だけでは生きて行けない」は、1978年に彼が暗殺される少し前に行われた。カリフォルニアで同性愛者結婚を廃止するかどうかの論争が行われる今日、ミルクの声は今までになく強く響き渡る。

社会運動ネットワーク – CAUSECAST: MILK
http://www.causecast.org/member/harvey-milk

– – – – – – –
The Time Of Harvey Milk (1984)
アカデミー賞ベスト・ドキュメンタリー受賞
http://www.youtube.com/watch?v=Ohd2txsNf0o

MILK(2008)
アカデミー賞8部門ノミネート
http://www.youtube.com/watch?v=s2kD-9QZOs4
http://www.milkthemovie.com

Got Harvey Milk?

ブログ管理人お気に入りグッズ: Got Harvey Milk?
http://www.cafepress.com/gotharveymilk

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

黒人映画100年のベスト100を選ぼう

In Civil Rights on 2009/02/12 at 21:16

Films have the power through it’s artistry emotion to influence our view of the world and ourselves. Blockbuster and NAACP have partnered to identify this century’s most influential 100 films celebrating outstanding achievements and performances of people of color. You can help influence the top 100 film selections by going to blockbuster.com to rate your favorite films. Blockbuster, a proud sponsor of the 40th NAACP Image Awards.

映画にはその芸術的な感動で、人々の世界観そして人々自身にまで影響を与える力があります。ブロックバスター社とNAACP全米黒人地位向上協会は提携し、この100年間で最も社会に影響を与えた100の映画を選びます。People of color有色人種による秀でた演技と、特出した社会評価価値が基準です。この選出に参加して下さい。以下のサイトで100年間に作られた映画タイムラインを見ることができます。あなたの好きな映画に評価を付けて下さい。ブロックバスター社は2月12日に行われる第40回NAACPイメージ・アワードのスポンサーです。

NAACP Top 100
黒人映画100年のベスト100を選ぼう
http://www.naacptop100.com

NAACP Image Awards
NAACPイメージ・アワードは毎年春にNAACP全米黒人地位向上協会が開催する映画・テレビ・音楽・文学の賞。
http://www.naacpimageawards.net

– – – – – – – –
米国で最も古く規模が大きく最も広く知られた、草の根運動を地盤とした民権活動団体。米国全土と世界各地に広がる50万人以上の会員と支援者は、各地域での民権運動の主軸となり、投票の奨励や、公私における機会の平等の促進などを行っている。

NAACP全米黒人地位向上協会
http://www.naacp.org

– – – – – – – –
理解しにくいかもしれないが、もし私たちの大統領が100年前に生まれていたら、同世代の白人と同じ学校に行くことも、同じ水飲み場を使うことも、同じテーブルに座ることもできないのだ。そして選挙権すらもごく最近までなかった。しかし彼は今、ワシントンの我国最高の地位に就いている。理解しにくければ、民権運動の遅々とした葛藤の長い道のりを振り返ってみればいい。これはその賜物なのだ。今日、NAACP全米黒人地位向上協会は100周年を迎える。そして祝うのは100年の年月だけではない。それがもたらした「今日」なのだ。NAACPの歴史を振り返って、15枚の写真を見てみよう。

NPR: NAACP Centennial: Slide Show
NAACP100周年 / スライドショー
http://www.npr.org/blogs/pictureshow/2009/02/naacp_centennial.html?ps=bb1

– – – – – – – –
NAACP: National Association for the Advancement of Colored People
http://en.wikipedia.org/wiki/National_Association_for_the_Advancement_of_Colored_People
http://ja.wikipedia.org/wiki/全米黒人地位向上協会

Black History Timeline 米国黒人史オンライン年表
http://www.biography.com/blackhistory/black-history-timeline.jsp

パパたちを離婚させないで!

In Civil Rights, LGBT on 2009/02/12 at 00:41

Fidelity: Courage Campaign
「Fidelity / 忠誠」勇気キャンペーン、曲: Regina Spektor レジーナ・スペクター

On December 19, 2008, Ken Starr filed a legal brief seeking to invalidate the 18,000 same-sex marriages conducted in California between May and November.
2008年12月19日ケン・スターが、カリフォルニアで5月から11月の間に認められた1万8千組の同性カップルの結婚を無効にする – という法的手続きの申請をしました。

We asked the Courage Campaign community to respond by sending us personal pictures with a very simple message:
私たちはCourage Campaign勇気キャンペーンのメンバーたちに、写真を送るように伝えました。簡単なメッセージと共に。

“Don’t Divorce Us”
「私たちを離婚させないで」

Love will prevail – No matter how hard Ken Starr fights it..
愛は勝ちます、ケン・スターがどんなに闘っても..

Tell the Supreme Court not to divorce 18,000 California couples
最高裁にカリフォルニアの1万8千組の同性カップルを離婚させないように訴えて下さい

Tell them to invalidate Proposition 8
Proposition 8 / 住民投票事項8を無効にするよう、訴えてください

– – – – – – –
クリントン大統領弾劾キャンペーンを率いた男、ケン・スターが、先月法手続きを踏みました「Yes on 8 / 同性結婚禁止賛成」派の代理として..。もし彼の要求が認められると、去年Prop 8(同性結婚禁止)が通過する前にカリフォルニアで結婚した1万8千組の夫婦が、強制離婚させられることになります。

「Fidelity / 忠誠」ビデオクリップを見て下さい。そしてProp 8を無効にするよう、ケン・スターの申請を却下するよう、そして愛し合い支え合うカップルの結婚を認めるよう、州最高裁への手紙に署名して下さい。

デッドライン締め切りはバレンタインデーです。

署名サイト
http://couragecampaign.org/divorce

– – – – – – –
Foo Fighters’ Dave Grohl: White Knot for Gay Marriage
http://www.eonline.com/uberblog/marc_malkin/b98982_foo_fighers_dave_grohl_white_knot_gay.html

フー・ファイターズのデイヴ・グロールが、同性結婚を支持するストレート(同性愛者ではない)芸能人リストに。

グロールはハリウッドスターとして最初に、同性結婚支持を表明する「白いリボン」を付けた一人。「whiteknot.orgを知ってるかい?」グラミー委員会MusiCaresによるニール・ダイアモンドを讃えるチャリティーコンサートで、レッドカーペット入場の際にグロールはカメラに向かって公言した。「どういう意味か知ってるだろ?愛を信じること、平等を信じること、結婚の平等を信じることだよ」

Rock on, Mr. Grohl! 行け行けグロール!!

http://www.whiteknot.org

– – – – – – –
wiki:California Proposition 8
http://en.wikipedia.org/wiki/Proposition_8

Proposition 8 / 住民投票事項8

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

トロイ・デイビス恩赦アクション

In Activism, Civil Rights, Music + on 2009/02/10 at 23:56

Savannah, Georgia. 1991.
Troy Davis is convicted of murdering a police officer.
1991年、ジョージア州サバンナ
トロイ・デイビスは警官殺害の罪で告訴された

18 years later, he remains on death row.
But during that time the case against him has fallen apart.
18年経ち、トロイは未だに死刑囚
だがその間にトロイの罪状は崩壊した

New evidence has surfaced casting serious doubt on the verdict.
新たな証拠が見つかり、判決の信憑性が強く疑われている

The state may have THE WRONG MAN.
ジョージア州は間違った男はを捕えたのだろうか

Fact: 7 of 9 witnesses have recanted their previous testimonies.
事実: 証人9人中7人が証言を撤回した

“After a couple of hours of the detectives yelling at me and threatening me, I finally broke down and told them what they wanted to hear.”
「刑事が何時間も怒鳴って脅したので、私は耐えられなくなって彼らの聞きたいことを言いました」

“They gave me a statement and told me to sign it.  I signed it. I did not read it because I cannot read.”
「彼らは文書を渡して署名しろと言いました。署名しました。文書は読まなかった。私は字が読めないんです」

“I got tired of them harassing me..  I told them that Troy told me he did it, but it wasn’t true.”
「あまりの嫌がらせに疲れてしまって、トロイが『自分がやった』と言ったと言いました。でもそれは本当ではありません」

Fact: There was never a murder weapon or any physical evidence linking Troy Davis to the crime.
事実: トロイ・デイビスと事件を関係づける物的証拠や凶器は存在しない

Fact: One of the remaining two witnesses has been implicated as the real killer.
事実: 残る二人の証人の一人が、真犯人である可能性がある

Fact: No court has ever held a hearing on this new evidence.
事実: これらの新たな証拠に基づいた裁判は行われていない

and Troy’s execution remains imminent.
そしてトロイの死刑執行は差し迫っている

Take action at Amnesty International’s website NOW.
アムネスティーのアクションに参加してください

So the state doesn’t kill a man who may well be innocent.
無実であるかもしれない人間をジョージア州が殺さないように

Urge Gov. Perdue to Support Clemency for Troy Davis
アムネスティーアクション: ジョージア州知事にトロイ・デイビスの恩赦を誓願しよう
http://amnestyusa.org/troydavis

Amnesty: Troy Davis
アムネスティーのトロイ・デイビス死刑撤回キャンペーン
http://amnestyusa.org/death-penalty/troy-davis-finality-over-fairness/page.do?id=1011343

Troy Anthony Davis
トロイ・デイビス弁護団、オフィシャルサイト
http://troyanthonydavis.org

Troy Davis case
トロイ・デイビス事件について
http://en.wikipedia.org/wiki/Troy_Anthony_Davis

(日本語)米国 : トロイ・デイビスの死刑執行停止を称賛する
http://amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=530

(日本語)アメリカ:トロイ・デイビスさんの死刑が延期に
http://amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2130

– – – – – – –
曲: State Radio “State of Georgia”
僕らはアムネスティーと協力して、僕らの曲「State of Georgia」を使ったビデオクリップで、トロイ・デイビスへの関心を高めるキャンペーンに参加している。使われているのは、チャドのアコースティックソロライブの時の録音で、未発表のヴァージョンだ。みんな、ビデオを見て、アクションに参加してくれ。
http://stateradio.com
http://stateradioaction.com
http://rockforaremedy.org

ローザは座った、キング牧師が歩けるように

In Civil Rights, Music + on 2009/02/04 at 00:04

“ROSA SAT – A Song for Barack Obama” by Amy Dixon-Kolar

http://amydixonkolar.com/Lyrics.html

Rosa sat so Martin could walk

ローザは座った、マーチンが歩けるように

Martin walked so Barack could run

マーチンは歩いた、バラックが走れるように

Barack ran, he ran and he won

バラックは走った、走ってそして勝ち取った

So that all our children could fly

すべての子供たちが飛べるように

Thousands of people that November night

あの11月の夜、何千何万の人々が

All of us here who have fought the long fight

一緒に長い闘いを闘った人々が

Knowing as one we’re creating a new nation

ひとつになって新しい国を作るのだと

Join together in celebration

ひとつになって祝った

Mother and daughter listenin’ to the news

母と娘は一緒にニュースに聞き入り

Momma breaks down cryin’, little girl is confused

母が泣き崩れると、少女は戸惑った

Honey we worked so hard to get to this place

母は言う「私たちはここまでくるのに本当に頑張ったのよ」

Daughter puts a loving hand on momma’s face

娘はそっと母の頬を両手で包んだ

Mr. Obama all eyes turn to you

オバマ大統領、みんなの目があなたを見つめています

Share with the country what you’re gonna do

どうぞ私たちと一緒に国を動かして下さい

Wars and foreclosures surround us this year

戦争と経済崩壊が私たちを襲っています

But Yes We Can rise above our fears

でも私たちは恐怖から立ち上がることができます

– – – – – – – –

Sourcing the quote: “Rosa Parks sat so Martin Luther King could walk. Martin Luther King walked so Obama could run. Obama ran so we can all fly.”

http://www.papermag.com/blogs/2009/01/sourcing_the_quote_rosa_parks.php

ローザ・パークスは座った、マーティン・ルーサー・キングが歩けるように

マーティン・ルーサー・キングは歩いた、オバマが走れるように

オバマは走った、私たちみんなが飛べるように

Jay-Zが言ったとされるこの詩は、広く人々の心に共感を与えた。キング牧師誕生日に引用されたり、Tシャツや街頭アートに使われたり、そしてJay-Zの「My President is Black」にも使われた。が、オリジナルはJay-Zではない。「どこかで聞いたんだけれど、誰の言葉だったっけ?」フランスの哲学者バーナード・ヘンリー・レヴィがチャーリー・ローズの番組で引用していたが、彼でもない。いろいろと調べた結果、ルイジアナの議員であったクレオ・フィールズの、去年の2月の言葉の中にある文章が、どうやら原点のようだ。

W.E.B.デュボイスは教えた、ローザ・パークが座れるように

ローザ・パークは座った、私たちみんなが立ち上がれるように

私たちは立ち上がった、キング牧師がマーチできるように

キング牧師はマーチをした、ジェシー・ジャクソンが立候補できるように

ジェシー・ジャクソンは立候補した、オバマが勝てるように

– – – – – – – –

Black History Month(黒人史月間2月)特集サイト
http://www.biography.com/blackhistory

中でもBlack History Timelineは必見
http://www.biography.com/blackhistory/black-history-timeline.jsp

Cornel West, Barack Obama

In Activism, Civil Rights, Music +, Politics on 2008/11/17 at 02:19

コーネル・ウェスト、11月4日オバマ勝利のインタヴュー

– 黒人の友人たちはみな泣いたとおっしゃいましたが..

みな涙を流したよ。今までの苦難を振り返る涙、未来への希望の涙。

– 「希望」と言えばあなたの新刊書の題は「Hope on a Tightrope / 綱渡りの希望」ですが、どういう意味ですか?

オバマのカリスマと天才的な組織力は、レーガン時代と保守主義と8年に渡る共和党支配に終結をもたらす、すなわち文化の相違による貧困層の経済差と恐怖政治も終結するということだが。ここで大事なのは今は綱渡りの縄の様な緊張した移行期であることだ。オバマ時代は一体どのように映るのか、貧困層を苦境から救うことが出来るのか、レーガンの教義を超越することができるのか、第三世界に対してホワイトハウスの体質を変えることが出来るのか。

– オバマは人種差別後時代の候補として活動しました。大統領当選のスピーチにはキング牧師の名さえ出て来ませんでした。オバマのメッセージは「私を見てくれ、私があなたたちにできることを、すべての人にできることを」

人種差別後post-racialという言葉の意味を考えてみよう。白人が黒人候補者の肌の色ではなくその能力を見て投票する、人種差別後とは白人が以前より黒人候補に投票しやすくなったということ、それは確かに進歩だ。だが人種差別後とは黒人が消えたと言うことではない。黒人というものはなくなってすべて人類だということではない。ガラスの天井/上限が限りなく高くなったという象徴だ。これが子供たちに影響することを考えてみよう。私にも大事な娘がいるが、これは大きく影響する。彼らに取って限界はないということだ。これは白人の子供たちにも影響する。オバマは彼らにとっても、境界を超えてすべての子供に限界がないことの象徴だ。問題は象徴から内容への移行にかかっている。信条や政策、労働層や貧困層を代表するかどうか、補佐や内閣には誰を選ぶか。象徴は大事だが内容が問題だ。

– この選挙でアメリカはどのくらい進歩したと思いますか?

黒人が政府の高い位置に就いたという意味では、驚異的な変化だ。だか黒人貧困層の苦悩においては、象徴が内容にまだ移行していない現在、結論は出せない。オバマには力量があるはずだ。これから知ることになるだろう。オバマにはある、がアメリカ自身にあるか?なぜなら最終的には市民組織がオバマ政権にいかにプレッシャーをかけられるかどうかにかかっているからだ。市民組織が強くなければオバマは強くなれない。

– オバマへの期待は膨大です。オバマが引き継ぐのは困難に満ちた状況です。国内と世界経済の崩壊、二つの戦争など、あなたがおっしゃる問題点に至までに大きな問題が山積みですが。

私のオバマへの心からの助言はこうだ。オバマ、あなたは二つの戦争、大恐慌直前状態、カトリナ問題を抱えている。正直でいなさい。同時に率直に、クリエイティブに、深い洞察を持ちなさい。オバマには人々を鼓舞する稀に見る才能がある。一緒にやれば私たちには変えられる。アメリカだけではない。世界の隅々のいたるところで。It’s a new day, it’s a great day, here in America, it’s a happy day. 新しい日、素晴らしい日、アメリカは今日、Oh, Happy Day.

– アメリカに黒人大統領に選ばれたこの数時間、何か一番変わったと思いますか?

アメリカのイメージ、黒人の気持ち、黒人だけでなく茶、黄、赤、白、だが特に黒人にとって。変革が染み込んだ。ホワイトハウスに黒人が、黒人の家族が住む。そのアメリカのイメージは素晴らしい。挑戦は、それがEveryday People普通の人々に力を与えることができるかどうか。アジアにアフリカに南米にヨーロッパに、そして中東に良い影響を与えることが出来るかどうか。

– 荷は重いですね。

その通り。荷はとてつもなく重い。

Hope on a Tightrope
http://cornelwest.com

2008年11月15日Green Festivalsでの講演ビデオは、以下にアップされる予定。http://greenfestivals.com

David Hidalgo (Los Lobos) & Los Cenzontles

In Civil Rights, Music + on 2008/11/13 at 01:26

一緒に演奏してる時、彼らとジャムっている時、こんなに最高な時はないよ。これを経験すると、ワォ、自分の電池が充電された気分。だからしばらくするとまた戻って来たくなる。僕はそうだよ。それに音楽を一緒に演奏するだけじゃなくて、コミュニティーの一部になるんだ。それが大事なことなんだ。(Los Cenzontles with David Hidalgo/Los Lobos ロス•センゾントレスとロスロボスのデヴィッド・ヒダルゴ)

– – – – – – – – –
ドキュメンタリー「Vivir (to Live) 生きること」

ミュージシャンたちと貧困都市地区の人々が、音楽への愛で繋がる様子を描いたドキュメンタリー。アメリカに住むメキシコ移民の家族が直面する苦難、だが彼らの文化は遠いアメリカでも生き生きと息づく。メキシコ移民貧困地区で子供たちに音楽や舞踊を教え、曲を作り、演奏活動をするグループ、ロス•センゾントレス。そしてグループの活動に共鳴して支援するロスロボスのデヴィッド・ヒダルゴとのレコーディングの模様。グループが運営するMexican Arts Centerメキシコ・アートセンターで毎年行われる伝統文化の日「Day of the Dead」、イベントの準備には、教師や親たち、そしてコミュニティーの人々が集まって、喜びを分ちあう。

「Vivir」は移民問題、社会迫害、少数民族の児童への教育の差別への意識を投げかける。十分な教育を受けられない移民の子供たち。しかし新しい世代「移民ブーマー」たちには希望の光が見える。「Vivir」は子供たちに「創造すること」を教えることが問題解決に繋がること、明るいアメリカのためにコミュニティーを変えていけることを描いている。

– – – – – – – – –
CD「Songs of Wood & Steel」
http://www.amazon.com/dp/B001FEO70O
http://www.amazon.co.jp/dp/B001FEO70O

10/21/2008、ロス•センゾントレスが最新アルバム「Songs of Wood & Steel」を発売。ロスロボスのデヴィッド・ヒダルゴとのコラボレーションアルバム。メキシコ音楽の中に、ロックとブルースを取り込んだコンテンポラリーなサウンドだ。ヒダルゴは歌、キーボード、ギター、そしてメキシコ楽器のギロ、ギタロン・ハロチョ、そしてアルバムのプロデュースを担当。他にもリンダ・ロンシュタット、エストラダ・ブラザーズ、ジュリアン・ゴンザレス、ピート・シアーズが特別参加している。アルバムはロス•センゾントレスの運営するメキシコ・アートセンターで録音された。

ベイエリアのメキシコ移民貧困地区で、メキシコ音楽の継承と普及活動を続けるロス•センゾントレスについて、ヒダルゴは語る「彼らがコミュニティーにしていることは本当に美しいことだ。自分たちの文化と音楽の伝統に対する、心からの愛情と敬意からしていることなのがよくわかる。本当に大切なことだ。少しでも役に立てるなんて幸せだよ。」

– – – – – – – – –
Los Cenzontles Mexican Arts Center
http://www.loscenzontles.com
http://www.youtube.com/loscenzontles

Los Cenzontles / The Mockingbirds
http://www.themockingbirds.info
http://www.myspace.com/themockingbirds

– – – – – – – – –
● 今夜、Yoshi’s OaklandでLos Cenzontles Featuring David Hidalgoを見て来ました。このドキュメンタリーとCDを記念して、LAで一度、SFで一度の限定演奏だったんです。子供たちも舞台で踊りました。心の充電できました♪

youtube.com/loscenzontlesには過去にアートセンター行われたロスロボス、リンダ・ロンシュタット、タジ・マハール出演のベネフィットコンサートのクリップもあります。アートセンターはサン・パブロ貧困地区のショッピングモールの一角にあります。子供たちがギャング闘争で死んでいく地区です。センターには伝統音楽や舞踊を習いに、たくさんの子供が集まって来ます。子供たちの親たちがセンターの内装を請け負い、とても明るい光に満ちた場所です。「Day of the Dead」イベントには子供たちと家族、そして近所のメキシコ人だけでなく、黒人も白人も集まって、音楽と踊りと美味しいメキシコ料理で、入りきれないほどの人が集まりました。

ずっと本当に素晴らしい活動だと思って紹介したかったのですが、日本からも買うことができるステキなCDが出たので、やっと書くことが出来ました♪Enjoy♪

You Can Vote However You Like

In Civil Rights, Music +, Politics on 2008/11/06 at 14:46

TIME: 2008年10月30日
You Can Vote However You Like
http://www.time.com/time/arts/article/0,8599,1854865,00.html

長期に及んだ過酷な大統領選の終結を目前に、未だ共和党民主党の合意点はほとんどない。大人と同様、子供たちも決断に頭を巡らせている。アトランタのロン・クラーク・アカデミーの、幼いが才能にあふれる7年生の子供たちもそうだ。子供たちの投票賛歌、ラッパーT.I.の「Whatever You Like」の替え歌「You Can Vote Whatever You Like」が、この数日インターネットで大旋風を巻き起こしている。YouTubeのアクセスは30万を超え、ABC「Good Morning America」BET「106 & Park」への出演も決まった。このことを知ったT.I.もロン・クラーク・アカデミーを訪れた。(後略)

CNN: 2008年11月5日
Ron Clark Academy Response To Obama Becoming President

選挙のラップ・パフォーマンスで一世風靡したロン・クラーク・アカデミーの子供たちのことを覚えていますか?これが新しい大統領への子供たちの反応です。

– 私たちにも声があって、みんながそれを聞いてくれたなんて、ほんとに素晴らしいです!
– とてもユニークで歴史に残る選挙でした。とても感激です。
– 歴史を作ったんだ!やった!
– 歴史上初めての黒人大統領なんて、ほんとにすごい。ほんとに嬉しい。
– 「おまえにはできない」なんてもう誰にも言えない。だってバラック•オバマがアメリカ初の黒人大統領になったのだから。だから僕だってできるんだ…
– 歴史的な瞬間です。これからは人種や肌の色を超えて、人間の内にあるもの、人間の心を見ることが出来るようになるといいと思います。アメリカ市民は素晴らしい決断をしたと思います。バラック•オバマをアメリカ初の黒人大統領に選んだのだから。

Ron Clark Academy
http://www.ronclarkacademy.com

参考: 先生はあきらめない – ロン・クラーク物語
http://www3.nhk.or.jp/kaigai/ronclarkstory

Bill Withers, R&B Foundation Pioneer Awards 2008

In Civil Rights, Music + on 2008/07/28 at 21:20

A conversation with Bill Withers

‥ビル・ウィザースはウェスト・バージニア州のスラブフォークという町で、六人兄弟の一番末っ子に生まれました。12歳の時、炭坑夫だった父親が亡くなり、母親と祖母に育てられました。高校卒業してすぐ海軍に入隊し、その頃から歌を書き録音するようになりました。Ain’t No Sunshine, Just A Two of Us, Lean On Me。人種差別の時代にウェスト・バージニアで育った彼に、その頃のお話を伺います‥

‥スラブフォークでの子供の頃の思い出は?‥
私の家族は線路際に住んでいた。線路をはさんで一方には白人が住み、もう一方には黒人が住んでいた。私の母は、黒人が買ってはいけない地区の端に家を買った。でもたった二世帯だったから、許されたんだ。子供の頃は(白人地区黒人地区にかかわらず)騒がしいところへならどこへでも遊びに行った。みんなが私を「Little Brother」と呼んだ。ある時母が、私を捜して白人地区に来たんだ。私の名前を言っても誰もわからなかったけれど、「Little Brother」と言ったとたん「あぁ、あそこにいるよ!」そんな風に、他の南部の州よりも白人と黒人の交わりがあったと思う。

‥炭坑町でみな同じ坑夫だったことに関係がありますか?‥
そのユーモアがわかればね。炭坑から出てきたときはみな真っ黒だからね。危険な仕事だし、みながお互いを信頼し、お互いが必要だった。相手を信用するためには尊重しなければならない。私たちはみな、生まれ育った場所と巡り会った人々から、人間として構成されていると思う。人はどこへでも行けるけれど、生まれ育った場所を捨てることはできない。良くても悪くてもね。私の家には電話があった。向かいの家には冷蔵庫があった。だから私たちの家族は氷を分けてもらい、電話を貸した。貧しい環境が人々に「分ける」「助け合う」ことを教えた。

‥炭坑夫にはなりたくなかったんですね‥
外の世界は映画で知った。映画を見に行って、世界のいろいろな場所や人々のことを知って、そしていつも音楽がある。だから私は「自分のための毒」に音楽を選んだんだ。父は60になってすぐに亡くなった。たぶん炭坑で過ごしたからだ。たくさんの坑夫が腎臓を壊した。それに炭坑の中は絶え間ない騒音だ。それに比べて映画で見る世界のサウンドトラックの素晴らしさと言ったら。少なくとも挑戦してみようと思った。

‥たくさんのそしていろいろなジャンルのミュージシャンがあなたの曲をカバーしていますね‥
私は自分が感じたものを作っていただけだ。白人の友達と一緒にいた時は彼らが聞いていたものを聞いた。(カントリーの)Little Jimmy DickensのA-Sleeping at the Foot of the Bedや、Bonnie Guitarも好きだった。線路の反対側では、黒人の友達の家でブルースを聞いたり、教会に行ってゴスペルを聞いた。それらのすべてが私の中にしみ込んでいるんだ。ビール瓶をみつめるんじゃなくて、窓の外を眺めてごらん。思い出や探訪や、そんなものが見つかるだろう。「Use Me…」ワハハ、失礼失礼。

曲を作るというのは抽象的な行為だ。空気の中から見えないもの、思いつきをつかむような感じだ。ナルシズムも多分にある。でもほとんどは人生のほんの一部を解決するための行為なんだ。私には子供の頃からどもりがあり、30歳近くまで続いた。喘息もあった。だからそれから脱出したかった。前に進むためには、あまり過去をひきずってはいけない。振り返ることはよくあるけれど、なんとかうまくやってきたと思う。人には生い立ちと過去の部分と、そして新しい部分がある。新しい場所と新しい人々。どこへ行くにしても、自分には自分がついているのだから、どこであろうと変わりはないんだ。

Bill Withers
http://www.billwithers.com

Bill Withers ドキュメンタリー映画「Still Bill」
http://www.stillbillthemovie.com

– – – – – – – – –
Rhythm & Blues Foundation – Pioneer Awards 2008
2008年9月9日 Kimmel Center, Philadelphia PA
http://www.rhythm-n-blues.org/awards_2008.php
http://www.youtube.com/RnBfoundation

Lifetime Achievement – CHAKA KHAN
Individual Artist Awards – TEENA MARIE, BILL WITHERS and SUGAR PIE DESANTO
Group Awards – KOOL & THE GANG and THE WHISPERS
Sidemen Award – THE FUNK BROTHERS
Legacy Award – DONNY HATHAWAY
Leadership Award – AL BELL of STAX RECORDS

This Brave Nation: Bonnie Raitt

In Activism, Civil Rights, Music + on 2008/06/08 at 21:10


This Brave Nation – この勇敢なるアメリカ
(全編)活動家対談シリーズ第二話「ボニー・レイットとドロレス・フエルタ」
http://bravenation.com/bonnie_raitt_dolores_huerta.php

大学時代、音楽は趣味でした。Social Activist社会運動を生涯の仕事にしたいと思っていました。若い頃、労働組合運動のために歌っていたピート・シーガーやジョーン・バエーズ、そしてボブ・ディランやウディー・ガスリーにとても大きな影響を受けました。

私の家族はクエーカー教徒で、叔父はAmerican Friends Service Committeeアメリカ友会奉仕団の平和委員長でした。私は地域の平和運動活動をする家族の中で育ちました。マーガレット・ミードのように世界を旅して、植民地化が及ぼした世界各地への悪影響を逆行させる/消すような仕事がしたかった。

そして大学時代に趣味で音楽を始めました。スターになろうなんて思っていなかった。ショービズのゲームの中で暮らす人生を送るつもりもなかった。父(John Raittはブロードウェイのスター)は芸能人で私たちの家族はショービズの中にいたのですが、両親がそれに溺れなかったことに感謝しています。

大学の最後の年、学園祭などで演奏していた時、偶然が功を奏したと思うのですが、レコード契約の話が持ち上がり、趣味が本業になりました。その偶然が功を奏したことは、私の社会活動にも当てはまります。私はずっと自分が尊敬する音楽家/活動家の行動に習って活動してきただけなのです。

– – ボニーは8回目のクリスマスプレゼントに、ステラ・ギターをもらった。
– – デヴュー・アルバム「ボニー・レイット」は1971年に発売された。
– – 以来彼女は9つのグラミー賞を獲得し、何百万枚ものレコードを売り、ロックの殿堂入りを果たした。

一番素晴らしかった思い出は、17歳の時のインデアナポリスの地域共同体活動です。アメリカ中から集まった15人程のティーンエージャーたちと一緒に、人々の家を訪ねて社会意識や問題へのアンケートをとり、午後は高齢者の家のペンキ塗りやガレージの修理をしました。インデアナポリスの白人貧困地区の人々は、隣接しているにもかかわらず、黒人地区との交流が全くありませんでした。

私たちは人々の家を訪ねる時に、意図的に白人と黒人の二人組で訪れました。私たちのプロジェクトが終わる頃には、白人黒人両方の共同体の牧師たちが協力し、二つの共同体が会って話し合い、ひとつの団体となって、社会問題への声を上げる様になりました。この空き地を公園にしよう、信号を増やそう、警官を増やそう。分離した小さな共同体にはできないことが、合同した大きな共同体には可能だということが、みんなによくわかりました。この時の経験が、私のそれからの人生の価値感を大きく変えました。

共同体として歌うことや教会で歌うことは、とても大事なことです。ミュージシャンたちは心/魂に語りかけることが出来ます。社会問題に対して、言葉で語ることも大事ですが、音楽や芸術で語ることも大切です。ミュージシャンたちと活動家たちのコミュニティーには素晴らしい連帯があります。詩人や演劇のコミュニティーもそうです。労働組合運動の長い時期や恐慌の時代の動きを支えて来ています。父が良く話していました。大恐慌の時代、これらのコミュニティーがいかに団結していたかを。

振り返ってみると、当時女性にしては珍しくギターが弾けたことが、プロの世界への扉に繋がり、スライドを弾くことで他の女性歌手と違った存在でした。ブルースと正義への情熱がありました。プロになれたのは、今思うと本当に良かったです。私は社会のために、今まで不当に扱われて来たブルースアーティストたちに、何かしたかった。プロになれたことで、偉大なブルースミュージシャンたちから直接音楽を学び、そして彼らが生きて来た人生、黒人として差別されてきた歴史を聞くことができました。

– – 1988年、ボニー・レイットはRhythm & Blues Foundationを設立した。彼女にとても多くを与えてくれたR&Bの先駆者たちの世代へ、彼らの著作権の改善と経済支援と、そして彼らの存在の認識を高めるために。

現在、音楽の世界もインターネットのお陰で民主的になっていると思います。CD制作費が激減しているし、ラップトップがあれば音楽も映画も個人ですぐに作れます。ガレージバンドがあれば楽器が弾けなくても自分の曲を録音したり、詩人やラップアーティストになれます。YouTubeやMySpaceで自分の作品をすぐに世界に公開することができます。すばらしい時代です。政治的な活動もできるし、自分の意見も出版できる。25年前には想像もできなかったことです。

30年前の「No Nukes – 原子力反対」運動は草の根活動でした。マディソン・スクゥエア・ガーデンで5夜ソルドアウトのコンサートをしました。映画を作り、二枚組アルバムを作りました。バッテリー・パークで集会をしました。あの時は映画の配給にも苦労したし、レコード会社にも政治色が強過ぎると言われました。現在、原子力反対の署名を集めるプロジェクトがたった2, 3週間でできてしまいます。ネットで行った「NukeFree.org」キャンペーンで12万の署名を集めることが出来ました。映像もアップされ、これを見た人々は地元の議員に電話やメールをしました。現在このような社会改革キャンペーンが、無数に展開されています。インターネットのお陰で、社会改革運動のやり方が大きく変わりました。

現在若者の世代に、自分たちの責任を果たそう、という動きが起こっています。地球にたいする責任。それには犠牲が必要です。政府は犠牲を求めませんが、ほんとうの改革には犠牲が必要なのです。戦争、恐慌、私たちの両親の世代は犠牲を払って立ち上がってきました。それが私たちの伝統なのです。「me – 自分」中心に考えることは、そろそろやめなければなりません。

– – – – – – – –
This Brave Nation – この勇敢なるアメリカ、活動家対談シリーズ
http://bravenation.com

5回に渡る対談シリーズは、現在随時web公開が開始されています。
http://bravenation.com/episodes.php

第一話: カール・ポープとヴァン・ジョーンズ
第二話: ボニー・レイットとドロレス・フエルタ
第三話: アンソニー・ロメロとアヴァ・ロウェリー
第四話: ピート・シーガーとマジョラ・カーター
第五話: トム・ハイデンとナオミ・クレイン

This Brave Nation
Carl Pope & Van Jones
Bonnie Raitt & Dolores Huerta
Anthony Romero & Ava Lowery
Pete Seeger & Majora Carter
Tom Hayden & Naomi Klein

– – – – – – – –
nukefree.org
https://100voices.wordpress.com/2007/10/13/nukefreeorg/

Pursuit of Equality: Same Sex Marriage Wins in CA

In Civil Rights, LGBT on 2008/05/15 at 23:16

Pursuit of Equality 平等を求めて
http://www.pursuitofequality.com

2004年2月12日から3月11日の間、サンフランシスコ市長Gavin Newsom ギャビン・ニューサムは同性カップルへの結婚許可書を発行した。現状を転覆するために、アメリカ全体に人の人生を、愛を、そして結婚というものを見直させるために。アメリカの次の偉大なる民権運動に火をつけるために。

「Pursuit of Equality 平等を求めて」は結婚する権利の平等を求めて闘うアメリカ市民のひとりひとりを描く、感動に満ちた記録。報道が気づく以前からドキュメンタリー・クルーは、アメリカ初の同性結婚をする自分のスタッフの結婚の儀式に立ちあうニューサム市長をレンズで追う。これによってアメリカ近代史上最も議論される民権運動のエピソードに火がつく。物語は通りへ、裁判所へ、市役所の中央階段へと続く。そこでは結婚の儀式を行う同性カップルと、同性愛を罪とする教会集団とが激突する。

「Pursuit of Equality 平等を求めて」は、同性結婚を巡る感動的な人権への闘争に焦点を当て、平等を求めるカップルとその家族たちの喜びと悲しみを記録する。この歴史的な期間、ニューサム市長に密着した唯一の映画クルーによって、この歴史的な出来事の詳細が、一貫した密着取材の様相でドキュメンタリーに仕上がっている。

– – – – – – – – – –
2008年5月15日、カリフォルニア州最高裁、同性婚認めぬ州法に違憲判決
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200805160007.html

米カリフォルニア州最高裁は15日、結婚を男女間に限定している州法は、同州の憲法に違反するとの判決を下した。「個人の性的指向を根拠に法的な権利を否定すべきではない」との理由から、同性婚を認める立場を示した。

2004年に同性カップルに結婚証明書を発行、裁判で無効判決を受けたサンフランシスコ市が、複数の同性カップルや権利団体とともに、州法が差別にあたるとする訴えを起こしていた。州最高裁は4対3で、この主張を支持。判決は30日以内に発効する。保守的な姿勢で知られる同州最高裁が同性婚を容認する判決を出したことに、驚きの声も上がっている。

ニューサム・サンフランシスコ市長は、「判決は当市だけでなく、数百万の人々にとっての勝利だ」と述べた。一方、反対派は、州憲法自体に同性婚を認めないとの規定を加えるべきだと主張し、その是非を問う住民投票の実施を提案している。

– – – – – – – – – –
判決を聞き、市役所前で歓喜する同性結婚支持者たち(ビデオ、写真)
http://www.sfgate.com/cgi-bin/object/article?f=/c/a/2008/05/15/BAGAVNC5K.DTL&o=0

喜びに湧く、同性結婚支持者たちへのインタヴュー
Love is Everywhere
http://www.youtube.com/watch?v=34G8Mp9Yb2w

カリフォルニア同性結婚支援サイト「Let California Ring」
http://www.letcaliforniaring.org
提携サイト集
http://www.letcaliforniaring.org/site/c.ltJTJ6MQIuE/b.3389615/k.C843/Coalition_Partners/apps/nl/newsletter2.asp

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

KING: MLK Jr special on History Channel

In Civil Rights, Music + on 2008/04/06 at 01:28

Early morning, April 4
4月4日の朝早く
Shot rings out in the Memphis sky
メンフィスの空に轟く銃声
Free at last, they took your life
「ついに自由だ」あなたの命は奪われた
They could not take your pride
でも誇りは誰にも奪えない
In the name of love
愛の名のもとに
What more in the name of love
それでも立ち上がる人々、愛の名のもとに

(この番組のために、Martin Luther King, Jr. キング牧師を讃え、John Legend ジョン・レジェンドがU2の名曲「Pride / In The Name of Love」を歌う)

– – – – – – – –
米国History Channel 4月6日日曜夜、二時間の特番「KING」放送
http://www.history.com/minisites/king

キング牧師が39歳の若さで暗殺されてから40年、History Channelが大御所キャスターのTom Brokaw トム・ブロコウと共に、今までにない手法でキング牧師の時代と現在までを物語る。「KING」は伝説の枠を超えて、キング牧師の人、疑問、神話、そして最も重要なこと‥キング牧師の言葉が現在世界で意味するもの‥を探求する。

この番組のために、キング牧師の息子Martin Luther King IIIがインタヴューに応じ、息子としての思い出や、彼が持っているキング牧師の人物像を語る。ブロコウとの深い会話の中で、父のかざしたたいまつを受け継いで、貧困と闘うためのキャンペーン「Realizing The Dream」を展開していることを語る。インタヴュー中、ブロコウを連れて、アメリカに未だに蔓延する絶望的な貧困の現場を訪問する。

側近であった人物たちの語りから、民権運動中のキング牧師の内面がわかる。各界の有名人たちの語りから、キング牧師が彼らに与えた消し得ない影響がわかる。インタヴュー出演者はAndrew Young アンドリュー・ヤング, Bill Clinton ビル・クリントン前大統領、Harry Belafonte ハリー・ベラフォンテ、Chuck D チャック・D、Forest Whitaker フォレスト・ウィテカー、John Lewis ジョン・ルイス議員など。

「KING」は牧師の揺るぎない民権運動の多くの側面を伝える。アラバマ州モンゴメリーでのバス・ボイコット(乗車拒否運動)への参加の決心、セルマの運命的なマーチ、バーミンハムでの監禁、ワシントンへのマーチ、そしてメンフィスでの悲惨な死。番組は牧師の個としての葛藤と勝利、疑いと弱さの瞬間、そして謙虚さと博愛の心を伝える。

ブロコウは語る「年がたつ毎に、キング牧師が達成したことの重要さと意味が私たちにより理解できる。アメリカの英雄たちが祭られる神殿で、牧師が占める場所がよくわかる。あの時代、私は若いレポーターとして南部で目撃した。アメリカ市民はみな平等の権利を持つという理念に、往々にして暴力で抑圧するものに対しての、牧師の勇気と天才的なスピーチを。あの場所と時代を今一度訪れるのは、本当に報いのある経験だ。」

Howard Zinn, The People Speak 08

In Activism, Anti-War, Civil Rights on 2008/02/22 at 08:06

Acclaimed historian, Howard Zinn, author of the best-selling book “A People’s History of the United States” and “Voices of a People’s History of the United States”, accompanied by some of today’s most talented performers…present the story of the United States from Christopher Columbus to the war in Iraq, as you’ve never seen it before. Because sometimes to know where you are going you have to look at where you have been.
The People Speak / September 2008

ベストセラー「民衆のアメリカ史」「民衆のアメリカ史の声」の著者、そして名高い歴史家ハワード・ジン。ジンに賛同する今日最も才能ある役者やミュージシャンの共演で、アメリカ合衆国の物語が語られる。コロンブスからイラク戦争まで、今まで見た事のない形で。なぜなら、未知の行方を知るためには、時には過去を振り返らなければならないからだ。「The People Speak / 民衆は語る」2008年9月公開

– – – – – – – –
Tonight, voices of the people who’d been over looked in the traditional history books…
ハワード・ジン:今夜、普通の歴史書には記録されていない人々の声が蘇る‥

John Lewis 1963 by Danny Glover
ジョン・ルイス(読み手:ダニー・グローバー)
We shall fragment the South into a thousand pieces and put them together in the image of democracy.
南部を何千ものかけらに砕き、寄せ集め、民主主義の形を作ろうではないか!

Plough Jogger 1786 by Viggo Mortensen
プロー・ジョガー(読み手:ヴィゴ・モーテンセン )
I have lost a great deal by this man and that man and t’other man, and the great men are going to get all we have and I think it is time for us to rise and put a stop to it.
こいつからもあいつからも、そして他のやつからも、ずっと取り上げられ来て、そして今度は上の奴らが根こそぎ持って行こうとしている。今こそ団結して立ち上がって、止めなければならない!

Zinn: We didn’t want to hear the words of the people in the white house, we wanted to hear the voice of the people picketing the white house. Agitators, the anti-war protesters, socialists and anarchists, in other words, the people who gave us whatever liberty and democracy we have in this country.
ハワード・ジン:私たちが聞きたかったのはホワイトハウスの声ではない。ホワイトハウスの周りでピケをはっている人たちの声だ。扇動家、反戦家、社会主義者、無政府主義者、つまりこの国に現在ある自由と民主主義を私たちに与えてくれた人々の声だ。

Dalton Trumbo 1939 by Josh Brolin
ダルトン・トランボ(読み手:ジョシュ・ブローリン )
I know the truth and you don’t you fools. You fools, fools!
私は真実を知っている、おまえたちにはわからないんだ、馬鹿者め!

Zinn: What’s common to all of them is the spirit of resistance to illegitimate authority. Democracy is in descent, democracy is in resistance, democracy doesn’t come from the top, it comes from the bottom.
ハワード・ジン:これらの人々に共通しているのは、不当な権力に抵抗する精神だ。民主主義は苦境に存在する。民主主義は抵抗の中に息づく。民主主義は上から与えられるものではなく、下から沸き上がるものなのだ。

Abbie Hoffman 1987 by Mike O’Malley
アビー・ホフマン(読み手:マイク・オマーリー)
Young people are detached from history, the planet, the most importantly the future.
若者たちは自分たちを切り離している、歴史から、地球から、そして最も大事な未来から。

Cindy Seehan 2005 by Melissa Tomei
シンディー・シーハン(読み手:メリサ・トメイ )
You tell me, what the noble cause is that my son died for. And if he even starts to say freedom and democracy’ I’m gonna say, bullshit. You tell me the truth. You tell me that my son died for oil. You tell me that my son died to make your friends rich.
息子の死にりっぱな理由があるのなら、言ってごらんなさいよ。もし「自由のため」とか「民主主義のため」とか言うのなら、そんなの大嘘だわ。本当のことを言いなさいよ。息子は石油のために死んだと。あんたの友達たちを大金持ちにするために死んだんだと。

Marvin Gaye ‘What’s Going On’ 1971 by John Legend
「What’s Going On」(歌い手:ジョン・レジェンド)
Mother, mother, there’s too many of you crying.
母さん、母さん、泣いている母親たちがたくさんいる

Sojourner Truth 1851 by Kerry Washington
ソジャーナ・トゥルース(読み手:ケリー・ワシントン)
He says women can’t have as much rights as men, ‘cause Christ wasn’t a woman! Where did your Christ come from? He came from God and a woman! Man had nothing to do with Him.
キリストが女じゃなかったから、女には男と同じ権利はないって!キリストはどこから来たのさ?キリストは神と女性の間に産まれたんだよ!男はなんの役にも立っていやしない。

Public Enemy 1989(Darryl McDaniels)
パブリック・エネミー(読み手:ダリル・マクダニエルス)
C’mon, what we got to say, power to the people no delay
To make everybody see, in order to fight the powers that be
Lemme hear you say…Fight the Power!
おい、声に出して言おうじゃないか、今すぐに人々に力を!
みんなにわかるようにさ、奴らの力と闘うために
さぁみんなで叫ぼうじゃないか「ファイト・ザ・パワー!」

Admiral Gene Larocque 1988 by David Strathairn
ジーン・ラローク大将(読み手:デビット・ストラサーン)
We are the only country in the world that’s been fighting the war since 1940. Count the wars, Korea, Vietnam.. count the years…
この国は1940年以来ずっと戦争を続けている唯一の国だ。戦争の数を数えてごらん、韓国、ベトナム.. 戦争の年月を数えてごらん‥

Muhammad Ali 1966 by John Legend
ムハメド・アリ(読み手:ジョン・レジェンド)
If I thought the war was going to bring freedom and equality to 22 million of my people, they wouldn’t have to draft me, I’d join tomorrow.
もし戦争が2200万の私の民に自由と平等を与えるものならば、私を徴兵する必要はない、明日自分から志願するさ。

Zinn: We see these voices as patriotic voices, patriotic in the sense of patriotism is not the obedience to the government, patriotism is the obedience to the principle which government supposed to have.
ハワード・ジン:これらの声は母国愛の声だ。政府に服従する意味の母国愛ではなく、本来政府が重んじなければならないはずの基本に対する服従の声だ。

Malcolm X 1963 by Michael Ealy
マルコムX(読み手:マイケル・イアリー)
We want to talk right down to earth in a language that everybody here can easily understand.
すべての人々に容易く理解出来る言葉で、我々はこの地球に語りかけるのだ。

– – – – – – – –
ハワード・ジン、オフィシャルサイト
http://howardzinn.org

The People Speak 08
http://www.youtube.com/ThePeopleSpeak08

The People Speak 07
http://www.youtube.com/arnove

民衆のアメリカ史〈上巻〉1492年から現代まで

People’s History of the United States: 1492 to Present

A People’s History of the United States CD: Highlights from the 20th Century(読み手: Matt Damon)

A People’s History Of The United States CD: A Lecture at Reed College

The People Speak CD: American Voices, Some Famous, Some Little Known, from Columbus to the Present (読み手: James Earl Jones, Marisa Tomei, Kurt Vonnegut, Danny Glover, Alfre Woodard and others)

What Is Thanksgiving?

In Civil Rights, Native American on 2007/11/22 at 10:50

History Channel “Desperate Crossing: The Untold Story of The Mayflower” CM
テレビ番組「メイフラワー号の語られなかった物語」CM
(番組はシリアスですが、CMはコミカル!)

学芸会の子供たちの劇「最初の感謝祭。メイフラワー号は嵐に襲われました。みんな気分が悪くなりました。上陸すると大雪で凍え死にそうになりました。そこでインディアンから食料を盗み、インディアンの墓地を荒らしました。」
頭を抱える父兄‥
学芸会の子供「それから一緒に御馳走を食べて、フットボールをテレビで見ました!」
大拍手する父兄‥
学芸会の子供「みんなハッピーエンドが好きなんだよね‥」

History Channel “Desperate Crossing: The Untold Story of The Mayflower”
Amazon.com: The Desperate Crossing: The Untold Story of the Mayflower (2006)

– – – – – – – – –
Teaching Tolerance: Thanksgiving Mourning
7~12学年用指導教材: 感謝祭の喪

感謝祭はピルグリムとインディアンの平和的な異文化交流から始まったと語り継がれています。Wampanoag ワンパノアグ族にも入植者にもそれぞれ収穫祭があったのは事実ですが、それから50年もしないうちにワンパノアグ族の自由は奪われました。アメリカ先住民の一部では、感謝祭は祝い事ではありません。むしろ先住民を悲劇に追いやった、植民地化の始まりの象徴とされています。

この指導では、二人のアメリカ先住民が書いた文書を教材に使用します。

ひとつは1970年に Wamsutta James ワムスタ・ジェームスによって書かれたスピーチ。このスピーチから「National Day of Mourning 全国追悼の日」が生まれ、一部のアメリカ先住民はこの日を感謝祭と呼ばず、追悼の日として行事を行うようになりました。彼らにとって「感謝祭」は「何百万もの民を虐殺され、土地を奪われ、伝承文化をことごとく破壊された」ことを思い出させる日なのです。「追悼の日」という言葉には、古くから伝わる精神文化へのつながりがあります。そしてこの日には、現在も続いているアメリカ先住民に対する人種差別と抑圧に対するプロテストも行われます。

もうひとつは Jacqueline Keeler ジャクリーン・キーラーのエッセイ。Dineh(ナバホ)族とYankton Dakota Sioux(スー)族の一員で、カリフォルニア州オークランドの American Indian Child Resource Center アメリカインディアン児童センターで働いています。彼女は前述の人々と違って感謝祭を祝います。しかしその視点は一般アメリカ人と異なり、先住民の立場で、この日を過去と現在の苦悩からのヒーリングの日として祝うのです。

以下の項目を話し合いましょう。
○入植者たちがインディアンに行ったことに、あなたが感じていた感謝祭の価値がありますか?
○参考文書の中にあなたが知らなかった事がありますか?もしあればそれらがなぜ一般の人に知らされていないと思いますか?
○感謝祭をプロテストの日とする考えと、ヒーリングの日として祝う考えと、どちらに共感しますか?どちらが有効だと思いますか?

最後にワムスタ・ジェームスとジャクリーン・キーラーに、感謝の手紙を書きましょう。知恵と視点を与えてくれたことへの感謝、そしてあなたが学んだ事とあなたがどう変わったかを伝えましょう。

ワムスタ・ジェームスのスピーチ
National Day of Mourning 全国追悼の日

ジャクリーン・キーラーのエッセイ
American Indian Child Resource Center アメリカインディアン児童センター

– – – – – – – – –
Teaching Tolerance は人々の違いへの寛容さを教える情報サイト。米国における現在進行形の人種差別を中心に、幅広い記事や教材を提供し、個人や団体や教育機関によって活用されている。年二回雑誌も発行している。民権運動に関心のある方には必読!

TeachingTolerance.org
Teaching Tolerance Magazine

Harvey Milk by Sean Penn

In Civil Rights, LGBT on 2007/11/19 at 11:23


The Time Of Harvey Milk (1984)
アカデミー賞ベスト・ドキュメンタリー受賞

1977年、ハーヴェイ・ミルクはサンフランシスコ市の行政執行委員に立候補し、少数派を統合する一大キャンペーンを繰り広げた。(彼は自分の信じる事のために立ちあがったんです)ミルクは当選し、アメリカ史上初のゲイであることを公にした公職者となった。(ミルク: これからストレートの白人パワーは、私に立ち向かわなければならなくなるんです)ミルクは右派にも左派にも挑戦した。声のない者たちに声を与えた。すべての人々に権利を与えた。(ミルクは私のことに注意を向けてくれる人だ)そしてあのおぞましい暗殺。(トム・アミアノ: ハーヴェイ・ミルクとジョージ・モスコーネが殺された、ダン・ホワイトに!)(歴史が変わってしまったのがわからないのか?)

– – – – – – – – –

ハーヴェイ・ミルクの伝記映画キャスト募集に応募者殺到!
SF Chronicle 11/18/2007: Castro casting call attracts many born after Harvey Milk’s heyday

ハーヴェイ・ミルクの伝記映画キャスト募集に、一時間に100人の割合で全日応募者が殺到した。ガス・ヴァン・サント監督で制作予定の映画「Milk」、ハーヴェイ・ミルクを演じるのはショーン・ペン。サンフランシスコのカストロ地区は、1970年代のアメリカのゲイ文化の大通り、ハーヴェイ・ミルクは事実上カストロの「市長」だった。「Milk」の撮影は、2008年1月21日から8週間に渡ってカストロ地区で行われる予定。

サンチェス通りと16番通りにある小学校で行われたキャスティング、募集は18から40歳の男性が対象だった。集まった応募者の中には、30年前のハーヴェイ・ミルクのキャンペーンの時には生まれていなかった若者も多かった。「オープン・ゲイの市長で、暗殺されたんでしょ?」「10年前に占星術を勉強した時、偶然ハーヴェイ・ミルクのことを知りました」

Names Project AIDS Memorial Quilt / エイズ追悼キルトプロジェクトの創始者、Cleve Jones クリーブ・ジョーンズは、この新作映画「Milk」に大きな期待を寄せている。53歳のジョーンズは「Milk」の制作コンサルタントでもある。「今でも大学や高校で、そしてLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の学生と話す機会があるごとに、話して聞かせています。彼らの多くはこの歴史を知りません。それはとても危険なことです。」ジョーンズはハーヴェイ・ミルクを師として尊敬していた。「現在の若者はこの自由を謳歌しています。でもほとんどが、この自由の歴史はまだ浅いことを知りません。」

元海軍兵だったハーヴェイ・ミルクは、ゲイの民権獲得のために、人々を組織した。ハーヴェイ・ミルクは、ゲイとレズビアンが社会に認められて民権の元に保護を受けられる社会にするために一番大事なことは、身近な人々や家族や同僚にゲイであることを明かすこと(come out of the closet)だと強調していた。ハーヴェイ・ミルクが当選した時まだ少年だった社会福祉員のトム・シュニッターは言う「もし彼が生きていたら、世界はどんなになっていたのかなぁと思います。きっと政治は今と違っていたでしょう。彼はあの時、巨大な希望を与えてくれました。」

SF Sentinel 11/18/2007: San Francisco Welcomes Filming of ‘Milk’

wiki: ハーヴェイ・ミルク

– – – – – – – – – –
映画「MILK」とLGBT/GLBT活動に関する記事一覧
https://100voices.wordpress.com/milk

Yuri Kochiyama: Freedom Fighters

In Activism, Anti-War, Civil Rights on 2007/11/15 at 08:37

ユリ・コウチヤマ「アメリカ合衆国は、人々が団結 (united) していない国です!三つの大きな要因‥人種差別、不公正、不平等!」

ユリ・コウチヤマ、Kiilu Nyasha、二人の勇敢なFreedom Fighters (自由の闘士) 。世界の圧力の中での真の自由への葛藤の人生、この二人の闘争の記録ドキュメンタリー。
Freedom Fightersmyspace.com/freedomfighters07
(2007年現在、自主上映が米国の限られた場所で行われています。予定はMySpaceに掲載されるようです。)

Yuri Kochiyama
ユリ・コウチヤマ
1922年5月19日生まれ
日系アメリカ人、民権運動家

コウチヤマ(旧名マリー・ナカハラ)はカリフォルニア州サンペドロに生まれた。1941年真珠湾攻撃が起ったその日のうちに父親は投獄され、家族はアーカンサス州ジェロームの収容所へ送られた。第二次世界大戦中、12万人の日系人が収容所へ送られた。彼女の兄弟のうち二人は、米国軍に入隊した。

1960年、彼女は夫のビルと共にニューヨークのハーレムに引っ越し、Harlem Parents Commitee (民権運動団体) に参加。マルコムXと親しくなり、Nation of Islamyuを離れて彼が開始したOrganization for Afro American Unity (黒人団結団体) のメンバーとなる。1965年2月21日、ハーレムのAudubon BallroomでマルコムXが撃たれた時、コウチヤマは死の際のマルコムXを腕に抱えていた。

1977年、コウチヤマはプエルトリコのグループに参加し、プエルトリコ独立の闘争に世界の目を向けるために、自由の女神を占拠した。

長い間コウチヤマは、政治犯釈放、核廃止、ムミア・アブ・ジャマル釈放、戦争中の日系人収容者の代表など、数々の社会問題の是正運動に人生を捧げている。

コウチヤマの人生を記録したドキュメンタリー「Yuri Kochiyama: Passion for Justice」が1999年に日系監督レア・タジリによって制作された。日系戯曲家ティム・トヤマによる舞台劇「Yuri and Malcolm X」もある。

2005年コウチヤマは「1000 Women for the Nobel Peace Prize 2005」の一人として、ノーベル平和賞にノミネートされた。

Yuri Kochiyamawikipedia.org/Yuri_Kochiyama

– – – – – – – – – –
Learn To Question: Yuri Kochiyama

Democracy Now! 2.21.2006Civil Rights Activist Yuri Kochiyama Remembers the Day of Malcolm X’s Assassination to Her Internment in a WWII Japanese-American Detention Camp

‘Jena’ by John Mellencamp

In Civil Rights, Music + on 2007/10/05 at 00:01


ジョン・メロンキャンプはプロデューサーのティー・ボーン・バーネットと共に、スタジオで新譜を制作しています。そのアルバムからの新曲「Jena / ジーナ」のビデオが出来ました。曲は現在進行形の事件を扱っているため、アルバム発売に先がけて公開されました。曲とビデオは現在ニュースになっている「Jena 6 / ジーナ・シックス」に触発されています。

mellencamp.com
myspace.com/johnmellencamp

– – – – – – – – –
‥ジーナ、ルイジアナ‥

‥6人の黒人少年が白人学生を殴った罪で訴えられた‥

‥この事件は、白人学生たちが校庭の木に首吊り縄をかけた後に起こった‥

‥「ジーナ・シックス」の6人のうち5人は、二級殺人未遂で裁かれることになった。全員白人の陪審員によって、未成年ではなく大人として‥

全員白人の陪審員たちは、死刑執行人の顔を隠して
俺たちはどうだい?俺とお前
ここでは自分の場所を知っておくのが常識
この黒い鳥は煙突に隠しておこうぜ

ジーナよ、ジーナよ、首吊り縄をはずしてくれ

ちゃんとしてない坊主たちは一体どうなる?
特に茶紙色の肌の奴らは
「はい、ご主人様、いいえ、ご主人様」媚びた笑いは拭き取ってやるよ
ここにはお前が従わなければならない規則がある

ジーナよ、ジーナよ、首吊り縄をはずしてくれ

いつかこの世が洗浄される時が来るさ
でもいつになるのかわかりゃしない
暗がりでの銃弾、それがきっかけになるかもしれない
世界の終わりへの鍵を握る、奴らの心臓への一発さ

ジーナよ、ジーナよ、首吊り縄をはずしてくれ
ジーナよ、ジーナよ、首吊り縄をはずしてくれ

– – – – – – – – –
9.22.2007: ‘No Justice in Jena’ by PapaJ48
9.15.2007: Jena Six

‘No Justice in Jena’ by PapaJ48

In Civil Rights, Music + on 2007/09/22 at 09:29


This is PapaJ48. This song is dedicated to the Jena 6, to the fathers and the mothers, to the sisters and the brothers, to the uncles and aunts, the grand parents, to all their friends and fellow students, and also the front line soldiers who work diligently everyday, to see them set free…this is for you.

There ain’t no justice in Jena, no justice no peace
ジーナに正義はない、ジーナに平和はない
There ain’t no justice in Jena, Yaw, no justice no peace
There ain’t no justice in Jena, no justice no peace
There ain’t no justice in Jena, Yaw, no justice no peace

I can’t believe you racist are still kicking!
未だに差別者が優勢なんて信じられない
You miss the day when blacks were just cottonpickers
俺たちが綿摘み奴隷だった頃が懐かしいのか
Now you straight working without ya sheet
(KKKの)白いシーツもかぶらずに面と向かって
And how about yo frontline soldier district attorney Reed
(プロテストした黒人学生を脅迫した)リード検事が最前線か
Working in the shadow of general Robert E Lee
南軍のリー将軍の影を背負って
Working on behalf of evil corporations in an effort
邪悪な組織の片棒を担いで
To destroy the black man and his seed
黒人とその子孫たちを絶やすために
That’s what the 6 in jena represent to me
ジーナ・シックスは俺にはそう見える
It’s all about corporate greed and corporate slavery
組織の欲と企業の奴隷
And ya wicked seed, and ya evil deeds
おまえたちの邪悪な種と呪われた行為はいつも
Always on a killing spree
人殺しに夢中なんだ
And you wonder why the world is your enemy
なのに世界がなぜおまえの敵なのかって?
We’ve got to change if the people are gonna experience
もし本当の民主主義を手にしたいなら
True democracy and set them jena boys free!
おまえが変わらなければ駄目なんだ、ジーナの少年たちを解放せよ!

Black student chil’n under a white tree
黒人学生が白人の木の下で休んでいた
Represent’n days of lynchings and slavery
リンチと奴隷の時代の象徴だ
White boys string up ropes in the same tree
白人学生が首吊り縄を下げる
Represent’n decendants General Lee
リー将軍の子孫の象徴だ
Excuse me there seems to be an emergency
おっと、緊急事態発生
We are in dire need of some serious understanding
真剣にお互いを理解し合わなければ
Mr Reed please, how can you characterize
リードさんよ、なぜそんな邪悪な行為が
Something so foul wicked and evil as being innocent
無邪気ないたずらなんて言えるんだ
When innocent blood was shed because of the same evil
同じ事を繰り返して無実の血が流れる
You cut down the tree so that the blacks protest would cease
黒人がプロテスト出来ないように木を切り倒して
But what you really should be doing is promoting peace
本当にしなければならないのは平和を広めることだろう!

– – – – – – – – – – – – –
この曲は、9月21日Democracy Now!のジーナ・シックス特集の合間に流れました。PapaJ48はJena 6のサポート表明をしています。MySpaceで2バージョン、ダウンロードすることができます。
MySpace.com/twin2down4u

Jasiri Xも「Free The Jena 6」という曲を作っています。MySpaceで2バージョン、ダウンロードすることができます。
MySpace.com/jasirix

N-Word Funeral

In Civil Rights on 2007/09/20 at 00:34


2007年6月20日: NAACP(全国有色人種地位向上協会)告知

2007年7月9日、ミシガン州デトロイトでの第98回年次大会にて、NAACPは「N-Word(ニガーという言葉)」を埋葬するための葬儀を行います。アメリカ最大で最も権威と影響力を持つ民権団体NAACPの代表と賛同者たちがコボ・ホールに集まり、「N-Word」を安置した棺桶を掲げて行進し、ハート・プラザで葬儀を行います。人種差別語の中で最も邪悪な「N-Word」のための葬儀です。

1944年、デトロイトでジム・クロウ(文末を参照)が葬られました。63年経った今、私たちは再びデトロイトに集まり「N-Word」に最後の別れを告げるのです。

「N-Word」葬儀はNAACP青年部が開始した「STOPキャンペーン」の一環です。メディアにおいて、アフリカ系アメリカ人のイメージの品位を下げるような表現、特にアフリカ系アメリカ人女性の尊厳を汚すような表現を辞めさせようというものです。これらのイメージは、歌やミュージックビデオにも反映しています。NAACPは「STOPキャンペーン」を通して、アメリカ人全般、そして黒人社会にも訴えます。私たちの歴史の品位を下げるのはやめましょう。「N-Word」の埋葬はその象徴です。

ヒップ・ホップ・アーティストたち、ラップの世界の人々、音楽映画業界の人々、アフリカ系アメリカ人の指導者たち、ぜひ参加してください。「N-Word」の埋葬とともに、私たちは過去の冒涜を葬ります。私たちを毎日冒涜するたくさんの言葉を、葬り去りましょう。

– – – – – – – – – –
NAACP「STOPキャンペーン」賛同宣誓

正しい社会形成を求める時、ラジオ、テレビ、映画、インターネットなどのメディアからのイメージほど影響力のあるものはありません。メディアに従事する人々は、それらの責任を持たなければなりません。人種差別や喧噪を撒くことは、私たちの尊厳の損失に繋がります。

STOP! 私たちの女性の尊厳を下げるのはやめよう!
STOP! 私たちの社会のイメージを暗いものにするのはやめよう!
STOP! 差別語の容認で私たちの歴史を汚すのはやめよう!
STOP! 私たちの社会イメージを下げる活動をしているアーティストや企業への貢献はやめよう!
START! 我々若者の可能性を否定する人々に向かって立ち上がろう!
START! 多様文化の前向きな共存を表現する、若者のお手本となるアーティストに賛同しよう!

– – – – – – – – – –
wikipedia.org ジム・クロウ法より:
http://ja.wikipedia.org/wiki/ジム・クロウ法

ジム・クロウという名は、ミンストレル・ショー(Minstrel Show、白人が黒人に扮して歌うコメディ)の1828年のヒット曲、「ジャンプ・ジム・クロウ(Jump Jim Crow)」に由来する。英国からの移民であったコメディアンのトーマス・ダートマス・”ダディ”・ライス(Thomas Dartmouth “Daddy” Rice)が演じて人気を博し、顔を黒く塗って黒人に扮するブラックフェイス・パフォーマンスを全米に広めた。ジム・クロウは田舎のみすぼらしい黒人を戯画化したキャラクターであり、着飾った都会の黒人であるジップ・クーン(Zip Coon)とともにミンストレル・ショーの定番キャラクターとなった。1837年までに、ジム・クロウは黒人隔離を指す言葉としても使われるようになっている。

Jena Six

In Civil Rights on 2007/09/15 at 08:13


銃を持った男がコンビ二で三人の子供を脅す。子供たちは男の銃を奪い、発砲は防がれた。この男は刑務所に行く‥と思うだろ?でもここ、ルイジアナ州ジーナでは違うんだ。

「コラタラル」へようこそ。

この物語はジーナ高校で、伝統的に白人学生だけが憩うことが出来る、この木の下で始まった。そう、聞き間違いではない、白人学生だけ。2006年9月、黒人学生が学校事務局に「あの木の下に座ってもいいか」と訊ねた。事務局員は「座りたいところに座ればいい。」と言った。許可を得なければならないなんて、おかしいだろ?

翌日、スクールカラーに塗られた三本の首つり縄が、木にかけられていた。

縄をかけた生徒たちは退学になった。が、高校管理局長は「首つり縄をかけるなんて、ただの悪ふざけだ」として罰則を取り消した。それに抗議した黒人学生たちが、木の下に座り込むプロテストを計画した。プロテストを辞めさせるために、地元の検事は生徒たちにこう言った(とされている)「一筆書くだけでお前たちの人生を奪うことができるんだぞ」

緊張感は消えなかった。11月30日、校舎に火がつけられた。翌日、あるパーティーで白人学生たちが結託し、黒人学生に殴る蹴るの暴力をふるった。そして12月2日、白人男性がコンビニで、三人の黒人学生に銃を向けた。白人男性には何もとがめがなかったが、三人の黒人学生は「銃器盗難」の罪に問われた。

が、最もひどい事件はこの二日後に起こった。パーティーで袋だたきにあった黒人学生を、白人学生ジャスティン・バーカーが差別語であざけった。黒人学生たちはバーカーに暴力をふるった。バーカーは病院に運ばれ、顔に切り傷や痣が認められた。が、数時間後には普通に友達たちと過ごしていた。

6人の黒人学生がバーカーへの暴力の罪で逮捕された。驚くことに、二級殺人未遂罪と共謀罪。その一人マイケル・ベルは先月(2007年6月)の裁判までずっと拘置されている。16歳のベルは、学生同士の喧嘩の罪で最高22年の懲役を求刑されている。全員白人の陪審員と裁判官によって。

ベルの判決は7月31日。他の学生の裁判も開始が近い。彼らには全国からの声が必要だ。もし彼ら「ジーナ・シックス」を助ける気持ちがあったら、ぜひ弁護団に連絡してほしい。オンライン署名をしてほしい。地元テレビラジオ局に連絡して「なぜこれがニュースにならないのか」訴えて欲しい。ディーク大学のレイプ事件は毎日のように報道されているのに。

新しい情報が入り次第、ここで報道する。もしこのニュースが気に入ったら、ぜひみんなに知らせて欲しい。

Jena Six 署名(2007年9月15日現在: 287462)

Free Jena Six

– – – – – – – – – –
このクリップはフィラデルフィアの独立ニュース「コラタラル」からのものです。ほとんど、あるいは全く報道されないニュースを取り上げ、一般メディアとは違った視点のコメントで紹介する番組です。

– – – – – – – – – –
マイケル・ベルの判決は、2007年9月20日に延期されました。その日、ジーナで大規模な抗議デモが予定されています。ラップ・アーティストで活動家のモス・デフは、このデモへの参加表明と、市民への呼びかけを公開しました。「名のある、影響力のある黒人たち!そしてすべての良識ある市民たち!人種不平等への闘いに参加してくれ!法によってひどい扱いを受けているこの若者たちに、団結の意思を見せてやってくれ!」

Mos Def Rallies For Jena Six, Joins Local Leaders